特許権侵害差止請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 原告(大塚製薬株式会社)は「エクオール含有大豆胚軸発酵物,及びその製造方法」を発明の名称とする特許権(特許第5946489号)を有している。本件特許の請求項1に係る発明は「オルニチン及びエクオールを含有する大豆胚軸発酵物」を,請求項3に係る発明は当該大豆胚軸発酵物を配合した食品・特定保健用食品・栄養補助食品・化粧品・医薬品等を内容とするものである。 エクオールとは,大豆に含まれるイソフラボンの一種であるダイゼインが腸内細菌により代謝されて生じる物質で,女性ホルモン類似の作用があるとして更年期症状の緩和等に関連する成分として注目されている。また,オルニチンは肝機能改善等の効果があるとされるアミノ酸であり,原告の特許は,アルギニンをオルニチンに変換する能力を併せ持つエクオール産生菌(ラクトコッカス・ガルビエ等)を利用して大豆胚軸を発酵させることで,エクオールとオルニチンの双方を含有する発酵物を得るという技術を内容とする。 被告(株式会社アドバンスト・メディカル・ケア)は,補助参加人(株式会社ダイセル)から供給を受けた原料「EQ-5」を基にビール酵母等を配合したサプリメント(商品名「エクオール+ラクトビオン酸」)を製造販売していた。「EQ-5」は,大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物(純度90%超の大豆イソフラボン)を発酵させて得られたものである。 原告は,被告製品が本件特許権を侵害するとして,特許法100条1項・2項に基づき被告製品の生産・譲渡等の差止めと廃棄を請求した。 【争点】 主たる争点は,被告製品が構成要件1-C及び3-Aの「大豆胚軸発酵物」を充足するかであった。具体的には,請求項にいう「大豆胚軸発酵物」が「大豆胚軸自体の発酵物」のみを指すのか,それとも「大豆胚軸抽出物の発酵物」をも含むのかというクレーム解釈の問題である。このほか,本件特許には進歩性欠如,分割出願要件違反,明確性要件違反,サポート要件違反等の無効理由が存するか,訂正により無効理由が解消したかも争点とされた。 【判旨】 東京地方裁判所は原告の請求をいずれも棄却した。 裁判所はまず明細書の記載を検討し,本件各発明の課題として「大豆胚軸抽出物はコストが高く工業的製造原料として使用できない」「大豆胚軸自体は苦味ゆえ敬遠され廃棄されている」という背景から,「廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用する」ことが発明の目的とされていることを指摘した。そして,本件各発明の効果としても「食品加工時に廃棄されていた大豆胚軸を原料とし資源の有効利用という点で産業上の利用価値が高い」と記載されていることから,本件各発明の「大豆胚軸発酵物」とは大豆胚軸自体の発酵物をいい,大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解釈した。 さらに裁判所は親出願の出願経過に着目した。親出願の審査過程において,原告(出願人)は拒絶理由通知に対する意見書の中で「大豆胚軸にはダイゼイン類だけでなくゲニステイン類やサポニン等の多くのイソフラボンが含まれ,これらが微生物の生育や発酵を阻害する」ため「発酵原料として大豆胚軸を選択することには阻害要因が存在する」と主張して進歩性を主張していた。裁判所はこの主張が「大豆胚軸」を「大豆胚軸の抽出物(イソフラボン等)」と明確に区別し,阻害成分を含む「大豆胚軸自体」を指すものであったと認定し,分割出願である本件特許も同様に解釈すべきであるとして,明細書記載に基づく解釈を裏付けるものとした。 被告製品に用いられる「EQ-5」は大豆胚軸から抽出された高純度(総イソフラボン92%)の抽出物を発酵させたものであり,本件明細書実施例の大豆胚軸(総イソフラボン約2%)とは質的に異なると認定された。したがって被告製品は大豆胚軸自体の発酵物ではなく大豆胚軸抽出物の発酵物にすぎないから,構成要件1-C及び3-Aを充足せず,本件各発明の技術的範囲に属さないと判断された。 本判決は,クレーム解釈において明細書の発明の課題・効果の記載と出願経過における出願人自身の主張(包袋禁反言的な考慮)を総合的に斟酌した事例として,特許実務上参考となる判断である。とりわけ,出願人が拒絶理由を克服するために自ら限定的な主張を行った場合,その主張内容が後の侵害訴訟におけるクレーム解釈の指針として用いられ得ることを示しており,特許明細書の起案と意見書提出に際しての戦略的配慮の重要性を改めて示すものといえる。