AI概要
【事案の概要】 本件は、横浜市中区等にまたがって在日米軍に提供されている根岸住宅地区のほぼ中心部に位置する非提供地域内に土地建物(約3000㎡の土地および自宅・賃貸用建物3棟)を所有する原告が、国に対して損害賠償および損失補償を求めた事案である。根岸住宅地区は、昭和22年に進駐軍により接収された後、昭和27年に日米安保条約および日米地位協定に基づき合衆国軍に提供されたもので、軍人家族の住宅や学校、図書館、郵便局等の公共施設が所在する一団の土地である。原告の所有地は接収を免れた非提供地域に位置するが、同地区全体が金網フェンスで囲まれ、外部への出入りにはゲートを通行する必要がある。 原告は、第一に、合衆国軍によるゲートの順次閉鎖と通行パス提示の要求などの通行制限により、人格権および財産権を侵害されたと主張し、民特法1条・国賠法1条1項(公権力の行使)および民特法2条・国賠法2条1項(営造物の設置管理の瑕疵)に基づく損害賠償請求を主位的に、憲法29条3項に基づく損失補償請求を予備的に求めた。不動産利用価値の喪失、得べかりし賃料、慰謝料、弁護士費用の合計3億8203万余円を請求した。第二に、平成12年頃に合衆国軍が原告宅進入道路に鉄パイプ製の車止めを設置したことにより、平成15年に原告が急性胆石症の発作を起こして救急搬送された際、救急車が自宅前まで進入できず、再発への不安から老人ホーム入居を余儀なくされたとして、老人ホーム入居費用相当額4096万余円の賠償を求めた。 【争点】 主たる争点は、(1)通行制限の態様と受忍限度を超える違法な権利侵害の有無、(2)民特法2条・国賠法2条1項に基づく営造物の供用関連瑕疵の成否、(3)民特法1条・国賠法1条1項に基づく損害賠償請求の可否、(4)憲法29条3項に基づく損失補償の可否、(5)本件車止め設置と原告の生命身体の安全侵害および老人ホーム入居との相当因果関係、(6)横浜防衛施設局長の職務上の法的義務違反および安全配慮義務違反の有無、(7)消滅時効の成否である。 【判旨】 裁判所は原告の請求をいずれも棄却した。まず、通行制限については、最高裁昭和56年12月16日大法廷判決(大阪空港訴訟)および最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決の判断枠組みを援用し、侵害行為の態様・程度、被侵害利益の性質、公共性、被害防止措置等を総合考察して受忍限度を判断すべきとした。その上で、通行制限は原告のみならず合衆国軍人家族にも同様に適用されていること、提供直後から陳情を受けて周辺住民の通行を許可し、緊急車両・商用車両の通行を認め、昭和32年頃には通行パスを廃止するなど段階的に緩和されてきたこと、平成10年のケニア米国大使館爆破事件等を受けた警備強化後も、宅配業者・タクシーの事前登録制度や緊急車両の事前連絡制度等により通行の便宜が図られていること、電気・上水道の無償提供や下水道接続、原告宅進入路整備等の支援が行われていることを認定した。そして、日米安保条約6条に基づく合衆国軍への施設提供は高い公共性を有し、テロ・襲撃の危険を踏まえた立入者の把握管理は不可欠であるとして、原告の受けた制約は社会生活上受忍限度を超えないと判断した。 損失補償請求についても、原告は所有権を剥奪されたわけではなく、接収以前から原告土地に十分な接道があった事実も認められず、接続通路の狭隘により土地活用が制約される例は根岸住宅地区外でも同様に存在することから、特別の犠牲に当たるとまではいえないとした。 本件車止めと救急搬送の関係については、車止めは固定式ではなく周囲からの車両進入も可能であったと推認し、担架搬送距離が約100mにとどまったことなどから違法性を否定し、横浜防衛施設局長が日米合同委員会に申入れを行うべき具体的な職務上の法的義務を負うとは認められず、原告との間に安全配慮義務を基礎づける特別な社会的接触関係も認められないとして、安全配慮義務違反の主張も排斥した。 本判決は、日米安保条約・地位協定に基づく米軍提供施設の供用に伴う通行制限について、大阪空港訴訟以来の受忍限度論の枠組みを適用し、高度の公共性と段階的な緩和措置・代替支援を考慮して原告の請求を退けた事例として実務的意義を有する。