殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 平成30年1月14日夜、広島市内のバス停付近で発生した通り魔的殺傷事件に関する判決である。被告人は平成11年に統合失調症と診断され、長期入院治療を経て平成20年からは通院治療に移行し、アパートでの単身生活を送っていた。平成27年1月から就労支援施設Bに通所していたが、施設長がかかりつけのA病院の診療方針を否定して通院先を変更させるなど、精神医療の観点から不適切な介入があった。被告人は平成29年5月頃、好意を寄せていた同じ施設の通所者Cに告白したが受け入れられず、この頃から精神的に不安定となった。施設長による過剰な干渉と、その後の急な態度変化から施設への不信感を強め、ついに通所をやめるに至った。Cへの依存を強めLINEを多数回送信するうち、Cからの応答が減ったことで被告人の不安は高まっていった。 犯行当日、被告人はCからLINEの応答がないことに不安を募らせ、信頼していた施設職員と長時間電話で相談したが、職員は話の途中で眠ってしまった。その後もCからの返信はなく、被告人は「誰からも相手にされない」「しんどい」との気持ちから自暴自棄となり、人を殺すことを決意した。自宅にあった包丁3本をタオルに包んで手提げかばんに入れて外出し、最初に見かけた20歳の女性Dの後をつけてバス停付近で背後から多数回突き刺し(殺人未遂)、その後追跡中にすれ違った75歳のFの腹部を1回突き刺して失血死させた(殺人)。包丁3本の所持についても銃刀法違反に問われた。 【争点】 被告人が犯行に及んだ事実自体に争いはなく、また被告人が統合失調症に罹患し中等度の知的障害を有することにも争いはない。争点は、これらの精神疾患・障害が犯行時の責任能力に影響を及ぼしたか、すなわち心神喪失・心神耗弱に該当するかである。検察官は統合失調症は寛解状態で犯行への影響はなく完全責任能力と主張し、弁護人は「死ね」「殺せ」との幻聴に逆らえない状態で行動制御能力を欠き、少なくとも著しく低下していたと主張した。 【判旨(量刑)】 広島地裁は、被告人を懲役27年に処した(求刑懲役30年)。 責任能力については、約3か月にわたる鑑定留置を行ったH医師の鑑定を信用できると判断した。犯行前後の職員やCとのやり取りの中で幻聴への言及が一切ないこと、包丁3本を準備し時期を見計らって犯行に及ぶなど合理的な行動経過をたどっていること、捜査段階では幻聴の訴えがなく「誰も相手にしてくれずしんどい」「人を殺して死刑になろう」と供述していたことなどから、犯行当時に影響を及ぼす幻聴等はなかったと認定した。統合失調症の犯行への影響はなく、中等度の知的障害については想像力の乏しさが一定程度影響しているものの、殺人が重大な犯罪で処罰対象であることを明確に認識していたことから、是非弁別能力・行動制御能力のいずれかを著しく低下させるほどではないとして、完全責任能力を認めた。 量刑面では、多数の利用者がいるバス停での無差別な通り魔的犯行で、1名の命を奪い1名を危険にさらした結果は極めて重大であり、社会に与えた不安も大きいこと、包丁3本を準備し執拗に追撃したことから強い殺意が認められること等の悪質性を指摘した。他方で、施設Bの不適切な対応によって精神的不安定さが生じたこと、中等度の知的障害が犯行決意の判断過程に一定程度影響したこと、前科前歴がないことなどを考慮し、同種事案(単独犯による通り魔・無差別殺人で死亡被害者1名)の量刑傾向の中でも重い部類から中間的な部類の間に位置付けられるとして、懲役27年が相当と判断した。