AI概要
【事案の概要】 本件は、「ゆとり発生装置」と称する発明について特許出願をした原告が、特許庁から拒絶査定を受けたため拒絶査定不服審判を請求したところ、審判請求は成り立たないとの審決を受けたことから、その取消しを求めた審決取消請求事件である。 本願発明は、馬蹄形磁石の磁界の中に、フレミングの左手の法則が適用されるように、電流の流れるアルミニウムの導線を磁石に沿って巻き付けた構造の装置を室内に置くことにより、人の生活状況を監視するために外部から注ぎ込まれるとされる無線通信の多量の電磁波に共振させ、送信された信号波の情報を人間が認識できない「ただの電磁波」に変え、テレビやラジオ等の家電の音声・画像を楽しんで環境を変える、というものであった。原告は、家庭用アルミニウムはくを細長く加工して導線とし、波長1.5万メートルから1500万メートルに対応する長さにわたって馬蹄形磁石に螺旋状に巻き付ける構成を実施例として示していた。 特許庁は、本願は委任省令(特許法施行規則24条の2)違反及び実施可能要件違反があり、本願発明は「産業上利用することができる発明」(特許法29条1項柱書)に該当しないとして審判請求を退けた。原告はこれを不服として本訴を提起し、あわせて、公知の事実の認定誤りを繰り返した審判官らの行為は民法709条、710条に抵触するとも主張した。 【争点】 本件の主要な争点は、(1)本件明細書の発明の詳細な説明が特許法36条4項1号及び同法施行規則24条の2の定める委任省令要件・実施可能要件を満たしているか、(2)本願発明が産業上利用可能性を有するか、(3)審査・審判手続が民法709条、710条に抵触する違法行為に当たるか、である。 【判旨】 知的財産高等裁判所第3部は、原告の請求を棄却した。 まず実施可能要件について、本件明細書が前提とする「外から人の生活状況の情報収集の為に注ぎ込まれる電磁波」は、人間自体に直接認識できるものとされているところ、電波は可聴ではなく、人間が直接認識しうる電磁波は可視光域に限られるから、当該電磁波は光を意味することになる。しかし、信号波が重畳された光は光ファイバーや回光通信など限定的な用途にとどまり、これにより私室が埋め尽くされるような状況は本件出願時の技術常識に照らしても想定し得ず、発明が解決しようとする課題が当業者に理解できる程度に記載されているとはいえないとした。 また、室内に置ける大きさの馬蹄形磁石に波長1.5万メートルから1500万メートルに対応する長さの家庭用アルミニウムはくを巻き付ければ、表面が絶縁されていない以上、巻き線同士が導通し、共振波長は全体の大きさに対応する波長となるから、可聴域の周波数に共振させることはできず、絶縁した場合でも実際のアンテナ長は数メートルにとどまり当該波長の電磁波に共振させることは不可能である。さらに、巻き線同士が重なり合って動く余地がない以上、フレミングの左手の法則により発生するローレンツ力が共振や電磁波の変化に何ら作用し得ないことは明らかであるとして、当業者が実施可能な程度の記載を欠くと判断した。 以上から、特許法36条4項1号違反を認めた審決の判断に誤りはなく、産業上利用可能性について検討するまでもなく本願を拒絶すべきとの審決の結論は相当であるとした。加えて、民法709条、710条への抵触の主張は、審決取消事由に当たらないと一蹴した。本判決は、特許出願における記載要件の審査において、当業者が技術常識に照らして過度の試行錯誤を要せず実施できる程度の記載を要するという実務上の基準を、物理法則に明らかに反する発明について適用した一事例である。