薬事法違反
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、製薬会社である被告会社のサイエンティフィックアフェアーズ本部担当部長であった被告人が、被告会社が製造販売する高血圧症治療薬B剤(ARBの一種)の臨床試験「A Study」の補助解析・サブ解析論文を作成するに当たり、虚偽の数値を記載した図表等を作成して研究者らに提供し、これらに基づく内容虚偽の論文を英国および蘭国の医学学術雑誌に投稿・オンライン掲載させたとして、旧薬事法(平成25年改正前)66条1項(虚偽誇大広告等の禁止)違反に問われた事案の控訴審判決である。 被告会社は、B剤の年間売上高1000億円達成を目標とする「100B計画」のもと、大学研究者による大規模臨床研究を通じてB剤に付加価値を与えるエビデンス創出を企図し、被告人を研究に参加させ統計解析を担当させていた。被告人は自らデータを再解析した図表等を研究者に提供するなどして論文作成に深く関与した。論文は査読を経て医学学術雑誌に掲載された後、被告会社は論文別刷りや関連座談会の記事体広告、説明会スライド等を作成し、MRを通じてC1剤等のプロモーション資材として医師に配布・活用していた。 原審は、論文を学術雑誌に投稿・掲載させた行為は研究成果の発表行為であり、査読を経て採択された経緯等に照らせば一般の学術論文と異ならないから、本法66条1項の「記述」に当たらないとして、被告会社および被告人に無罪を言い渡した。検察官が法令適用の誤りおよび事実誤認を主張して控訴した。 【争点】 旧薬事法66条1項にいう記事の「記述」該当性、すなわち、虚偽内容の学術論文を学術雑誌に投稿・掲載させる行為が同項の規制対象となるかが主要争点である。検察官は「記述」は顧客誘引手段としてなされることを要しないと主張し、弁護側は広義の広告に当たらない行為は規制対象外であると主張した。 【判旨(量刑)】 控訴棄却(無罪確定)。 東京高裁は、売薬法以来の立法沿革、国会審議、立法担当者の逐条解説、所管官庁の長年の運用、学問の自由との関係を総合的に検討し、本法66条1項は「広義の広告」を規制する趣旨と解するのが相当とした。広義の広告の要件として、①認知性(不特定又は多数の者への告知)、②特定性(医薬品等の特定)、③誘引手段性(客観的・主観的の両面で顧客誘引の手段となっていること)の3要件を要すると判示した。そして、「広告」は外形的に顧客誘引手段であることが一見して明らかなもの(狭義の広告)、「記述」は文字等を表現手段とし実質的に広義の広告の要件を満たすもの、「流布」は文字以外を表現手段とするものであると整理した。 本件各論文は、大学院医師らが実施した大規模臨床試験の事後解析を目的・方法・結果・考察にまとめた体裁で、査読審査を経て医学学術雑誌に掲載されており、専門家向けの学術的研究報告の実質を備えているから、客観的誘引手段性が認められない。また、被告会社は論文掲載後にこれを広告資材として活用したが、論文掲載自体は全体からみれば広告の準備行為にとどまり、被告人において掲載行為自体を直接顧客誘引手段とする意思があったとは認められず、主観的誘引手段性も認められない。 したがって、被告人が虚偽データに基づく論文を研究者に作成させ掲載させた事実が認められるとしても、同行為は本法66条1項の「記述」に当たらない。研究者に虚偽情報を提供して学術論文を発表させる行為は弊害に鑑み何らかの規制を要するが、現行法の解釈では対応に無理があり、新たな立法措置による対応が考えられると付言した。検察官の論旨はいずれも理由がないとして、本件各控訴を棄却した。 本判決は、いわゆるディオバン事件の控訴審判決であり、製薬会社主導の臨床研究における研究不正と広告規制法制の限界を示した事例として、後の臨床研究法制定を促す契機となった重要判例である。