遺族厚生年金不支給処分取消等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 厚生年金保険の被保険者であった夫を、重度から中等度の大うつ病性障害により心神耗弱の状態で殺害し、殺人罪で懲役3年・執行猶予5年の判決を受けた原告が、遺族厚生年金の裁定を請求したところ、厚生労働大臣から「被保険者を故意に死亡させた者には支給しない」との理由で不支給処分を受けたため、同処分の取消し及び遺族厚生年金を支給する旨の裁定の義務付けを求めた事案である。原告は、夫の介護に精神的に追い詰められた末、衝動的に夫の鼻腔及び口を枕等で圧迫して窒息死させたものであり、審査請求・再審査請求はいずれも棄却されていた。 【争点】 1. 原告に厚生年金保険法(厚年法)76条1項前段にいう「故意」があったか否か。原告は、刑法上の故意と厚年法上の故意は異なり、心神耗弱状態での犯行には厚年法上の故意が否定されるべきと主張した。 2. 厚年法76条1項前段に除外規定がないこと(絶対的給付制限)が憲法25条2項に反し違憲か否か。 【判旨】 裁判所は、厚年法上の故意の意義は基本的に刑法上の故意と同一に解すべきとした上で、正当防衛・緊急避難や心神喪失のように違法性阻却事由・責任阻却事由がある場合には厚年法上の故意を否定する余地があるとしつつも、心神耗弱にとどまり責任を阻却するに至らない場合には厚年法上の故意を否定することはできないと判示した。原告は心神耗弱の状態にあったが意思決定能力を完全に喪失していたとは認められず、厚年法上の故意が認められるとして、不支給処分は適法と判断した。また、保険法51条1号の自殺免責規定における精神障害中の自殺の議論を故殺の解釈に援用することはできないとした。憲法25条2項違反の主張についても、給付制限の内容は立法府の広い裁量に委ねられており、絶対的給付制限が著しく合理性を欠くとはいえないとして、違憲の主張を退けた。結論として、義務付け請求を却下し、取消請求を棄却した。
裁判要旨
厚生年金保険法76条1項前段の故意の意義については、刑法上の故意の意義(法令用語としての一般的な意義)と基本的に同一のものとして理解すべきであるところ、被保険者等を死亡させたことにつき刑法上の故意が認められる場合であっても、同項前段の趣旨に照らし、違法性阻却事由や責任阻却事由があるときは、同項前段の故意を否定する解釈があり得るが、違法性や責任を阻却するに至らないときは、同項前段の故意を否定することはできないと解するのが相当であるとした上、厚生年金保険の被保険者であった夫を心神耗弱の状態で殺害し、殺人罪で執行猶予判決を受けた原告は、同項前段の「被保険者又は被保険者であった者を故意に死亡させた者」に該当するとされた事例