業務上過失致死傷被告事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐる業務上過失致死傷被告事件である。東京電力の元役員3名(元会長・元副社長2名)が、同発電所に敷地高(O.P.+10m)を超える津波が襲来し、非常用電源等の機能喪失により炉心損傷・水素爆発等の事故が発生する可能性を予見できたにもかかわらず、防護措置等の適切な措置を講じることなく漫然と運転を継続した過失により、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴う津波で全電源喪失が生じ、1号機・3号機の水素爆発で作業員ら13名に傷害を負わせ、長時間の避難を余儀なくされた住民ら44名を死亡させたとして、検察審査会の議決に基づき指定弁護士が強制起訴した事案である。 【争点】 被告人らにおいて、福島第一原発に10m盤を超える津波が襲来することについての予見可能性があったか否かが主たる争点となった。具体的には、地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」の見解(三陸沖北部から房総沖の海溝寄り領域のどこでも津波地震が発生し得るとの評価)と、これに基づく2008年の津波試算(O.P.+15.707mの津波高)をもって、被告人らに発電所運転停止義務を課すにふさわしい予見可能性が認められるかが問題となった。 【判旨(無罪)】 最高裁は上告を棄却し、無罪判決を維持した。長期評価の見解については、三陸沖北部から房総沖までを一つの領域として津波地震がどこでも発生するとした点に積極的な裏付けが示されておらず、地震本部自身による信頼度評価も低く、行政機関や地方公共団体にも全面的には取り入れられていなかったことから、10m盤を超える津波襲来の「現実的な可能性」を認識させる情報とまでは認められないとした。また、長期評価と津波評価技術は波源設定の考え方が異なっており、両者を組み合わせた試算結果をもって現実的な可能性の根拠とすることもできないとした。被告人らの認識についても、土木学会への検討依頼という対応をとったことはやむを得ないものであったとし、予見可能性を合理的な疑いを超えて認定することはできないと判断した。裁判官全員一致の意見である。 【補足意見】 草野耕一裁判官は、本件訴因の下では無罪とする法廷意見に賛同しつつも、別の訴因構成の可能性に言及した。東京電力は電気事業法に基づく耐震安全性評価の報告を国に求められていたところ、2008年の津波試算結果を速やかに国に報告すべき義務があったにもかかわらず、2年10か月以上も報告を怠り、実際に報告したのは津波襲来のわずか4日前であった。適時に報告していれば、国が技術基準適合命令を発令し、定期検査の仕組みを通じて13か月以内に全原子炉が運転停止に至り、本件結果を回避できた可能性があったと指摘した。この報告義務の懈怠を過失行為として犯罪の成否を論じる余地もあり得たが、本件訴因には含まれないため審理対象とならなかったと述べた。
参照法条
刑法(平成25年法律第86号による改正前のもの)211条1項前段、刑訴法411条