AI概要
【事案の概要】 被告人(犯行当時70代の男性)は、妻(当時70歳)及び次男(当時41歳)と同居していたところ、がんの医療費増加や物価高から経済的不安を抱えるようになった。令和5年2月頃から気力や意欲の低下等の抑うつ症状が出現し、犯行1週間前からは連日の不眠、将来への不安や絶望感が増大した。同年3月12日夜、「今後の生活は立ち行かなくなる。自分だけが死んでも家族の生活は困難になる」と考え一家心中を決意した。被告人は葬儀費用として定期預金約100万円を解約し、遺書を作成した上、同月14日早朝、自宅において次男の胸部等を包丁(刃体約18.4cm)で多数回突き刺して殺害し(第1)、妻の胸腹部を同包丁で1回突き刺して全治約3か月の傷害を負わせたが殺害の目的を遂げなかった(第2)。その後、被告人は自身の胸部及び腹部を突き刺して自殺を図った。 【争点】 本件の争点は被告人の責任能力である。検察官は完全責任能力を主張し、弁護人は心神喪失を主張した。精神鑑定を行ったC医師は、被告人は犯行1週間前から「他の特定される抑うつ障害」(中等度のうつ病に相当)に罹患しており、本件は強い抑うつ状態下での拡大自殺であると述べた。裁判所は、是非善悪の判断能力については、被告人が家族に心中を相談すれば反対されると認識し、犯行直前に先祖に謝罪していたことから、著しく低下していたとまでは認められないとした。他方、行動制御能力については、まだ1〜2年分の生活費が残っていたにもかかわらず心中を決意した飛躍的思考は正常心理から了解困難であり、本件疾患による悲観的・破滅的認知と認知的視野狭窄が大きく影響していたと認定した。犯行日の計画や葬儀費用の準備等の正常心理に基づく部分も限定的に残存していたことから、行動制御能力は著しく低下していたが欠けていたとまでは認められず、心神耗弱と認定した。 【判旨(量刑)】 裁判所は、刃体約18cmの包丁で次男の胸部等を多数回突き刺し10か所もの刺創を負わせた態様は強固な殺意に基づく極めて危険で悪質なものであり、次男が死亡し妻も全治3か月の重傷を負った結果は重大であるとした。動機についても、自分が死ねば家族も生きていけないという身勝手な思い込みによるものと指摘した。しかし、これらは本件疾患による著しい影響を受けて心神耗弱の状態で生じたものであり、非難の程度を大きく考慮すべきであるとした。同種事案の量刑傾向の中では軽い部類に属するが、凶器を用いた犯行態様と結果からすれば執行猶予は相当でないとし、被告人が事実を認め反省していること、前科前歴がないことも考慮した上、求刑懲役14年に対し、懲役3年6月(未決勾留日数240日算入)を言い渡した。