AI概要
【事案の概要】 被告人は医師であり、被害者(当時38歳)とはオーバードーズ(薬剤の過剰摂取)を共に行う関係にあった。令和3年6月10日、被害者から「オーバードーズをするオフ会」に誘われ、東京都豊島区のホテルに赴き、被害者やその他の参加者3名(b、c、a)とともに627号室で飲酒や服薬をしていた。翌11日午前8時過ぎ頃、参加者の一人から被害者の異変を指摘され、被告人は被害者の状態を確認した。被害者は声掛けや体を揺すっても反応がない状態であったが、被告人は午前9時24分頃に先に退室した。被害者はその後も放置され、他の参加者が午後3時49分頃に経鼻胃管挿入の措置を行ったものの、翌12日に死亡した。検察官は、被告人が被害者の昏睡状態を認識しながら救急車を呼ばず放置したとして、b・c・aとの共謀による保護責任者遺棄罪で起訴した(求刑:懲役2年)。 【争点】 主な争点は、(1)被告人が退室するまでの間に被害者が刑法上の「要保護状態」にあったか、(2)被告人がその状態を認識していたか、(3)救急車を呼ばないことについて他の参加者との共謀があったか、の3点であった。特に、被害者が昏睡状態にあったか否かの医学的評価が中心的な争点となった。 【判旨(量刑)】 東京地裁は被告人に無罪を言い渡した。裁判所は、被害者の状態を撮影した動画(午前9時37分頃撮影)について、検察側の2名の救急専門医がJCS(ジャパン・コーマ・スケール)で300ないし3桁の深昏睡と評価した点を詳細に検討した。しかし、JCSによる正確な意識レベル評価には胸骨を拳で強く押すなどの「痛み刺激」が必要であるところ、動画中で被害者に加えられた刺激(瞼を開ける、唇をつかむ等)はいずれも痛み刺激に該当しないとする弁護側医師の証言を採用し、動画の時点でも被害者が昏睡状態にあったとは認定できないとした。午前8時過ぎ頃の被害者の状態についても同様に、痛み刺激が加えられていない以上、昏睡状態の認定はできないとした。さらに、被害者が摂取した多種の薬物(メジコン40錠以上、覚醒剤、MDMA、カチノン等)の相互作用や時間経過による効果は医学的に不明な点が多く、動画撮影時点の要保護状態を被告人の退室前の時点まで遡って認定することにも合理的な疑いが残るとした。加えて、被告人が午前8時10分以降に被害者の状態を確認していたと認定できる証拠もないとして、争点(1)の保護責任や(3)の共謀を判断するまでもなく、犯罪の証明がないと結論づけた。