AI概要
【事案の概要】 本件は、スポーツ用具の製造・販売等を目的とする被告会社の元従業員である原告が、被告在職中に行った職務発明(発明の名称「吹矢の矢」、特許第4910074号)について、特許法35条3項に基づく相当の対価の一部として5000万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。 原告は平成19年に被告に入社し、商品研究開発課でスポーツ吹矢の用具開発に従事していたところ、スポーツ吹矢の矢に関する発明を行い、被告がその特許を受ける権利を承継して平成23年9月に特許出願、平成24年1月に特許登録を受けた。被告には職務発明規定が存在せず、原告と被告との間で特許出願に際し特段の契約は締結されていなかった。原告は特許登録の約1か月後である平成24年2月、被告宛てに「発明者としての報酬やその他の権利は一切主張しません」との同意書を作成していた。原告は平成30年4月に被告を退職し、令和3年4月に対価支払を請求したが拒絶され、令和4年6月に本件訴訟を提起した。 【争点】 主な争点は、(1)同意書による対価請求権の放棄の効力、(2)消滅時効の成否(起算点、時効中断の有無、権利濫用・信義則違反の成否)、(3)相当の対価の額であった。原告は、同意書は特許法35条の強行法規性に反し無効であると主張するとともに、就業規則の表彰規定が職務発明の対価に関する規定であり消滅時効の起算点は表彰時期である平成24年6月末となる、あるいは退職時を起算点とすべきであると主張した。被告は、同意書により対価請求権は放棄されたと主張するとともに、消滅時効の起算点は特許を受ける権利の承継時であり、訴訟提起時には既に10年が経過していると主張した。 【判旨】 裁判所は、事案に鑑みまず消滅時効の成否について検討し、原告の請求を棄却した。裁判所は、被告には職務発明の対価の支払時期に関する定めを含む勤務規則等が存在しないことから、消滅時効の起算点は特許を受ける権利の承継時であると判断した。就業規則60条の表彰規定については、表題が「表彰」であること、表彰事由が広範な業務上の功績を対象としていること、支給される経済的利益の内容や時期が規定されていないことから、職務発明の対価やその支払時期を定めたものとは認められないとした。また、「権利を行使することができる時」とは法律上の障害がなくなった時であり、事実上の障害は影響しないとして、退職時を起算点とする原告の主張も退けた。時効中断の主張についても、表彰状及びクオカードの交付は対価支払債務の承認や一部弁済とはいえないとした。さらに、原告は退職後で時効完成前の令和3年4月に代理人弁護士を通じて対価請求をしていたにもかかわらず直ちに訴訟提起しなかった経緯に照らし、消滅時効の援用が権利濫用や信義則違反に当たるともいえないと判断した。