殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反
判決データ
AI概要
【事案の概要】 被告人は、令和3年12月17日午後1時17分頃、東京都葛飾区内の路上において、被害者(当時48歳の女性)に対し、その背部をペティナイフ(刃体の長さ約12.8cm)で1回突き刺し、全治約2週間の背部刺創の傷害を負わせたが殺害の目的を遂げなかったとして、殺人未遂及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪で起訴された事案である。被告人は、平成29年に横浜刑務所で受刑中に統合失調症を発症し、「母親を刺したんだからおまえも死ね」等の幻聴により自殺未遂や公務執行妨害事件を起こしていた。令和2年6月の出所後も「人を殺せ」等の幻聴が続き、精神医療の専門病院への入退院を繰り返した。令和3年11月に強制退院となった後、幻聴はさらに悪化し、犯行前日にはペティナイフを購入、犯行当日は幻聴の指示に従い横浜から東京へ移動し、犯行に及んだ。 【争点】 本件犯行当時、被告人が心神喪失の状態になかったといえるか否かが争点となった。検察官は、被告人は統合失調症による幻覚の影響で心神耗弱の状態にはあったが、残された正常な精神機能により犯行を行った部分もあり心神喪失ではなかったと主張した。弁護人は、被告人は統合失調症による幻覚の圧倒的な影響を受けて犯行を行ったものであり心神喪失の状態にあった疑いがあると主張した。 【判旨】 裁判所は弁護人の主張を採用し、被告人に無罪を言い渡した。精神鑑定を行ったB医師の鑑定によれば、被告人は犯行当時、統合失調症の急性増悪により幻聴・幻視の異常体験が非常に活発となり、視覚と聴覚の二つの知覚領域にまたがる幻覚が出現して混乱状態にあった。裁判所は、被告人が女子中学生の幻視による「あの人は幻覚だから刺しても大丈夫」という幻聴に逆らえず、自らが刺している対象が実在の人であると認識できなかった可能性が否定できないと判断した。検察官の主張に対しては、犯行前日のナイフ購入時に正常な精神機能が残っていたとしても犯行当時の責任能力の判断を左右しないこと、統合失調症の幻覚があっても日常的行動はとれるが犯行直前に病状が急激に悪化しており別に考えるべきこと、病識があっても病状悪化時にはその認識が使えなくなり得ることを指摘し、いずれも排斥した(求刑:懲役6年、ペティナイフ1本の没収)。