実験装置使用差止等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、超冷中性子(UCN)の研究に従事する研究者である原告ら(原告P1は元被告准教授、原告P2は大阪大学大学院准教授)が、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(被告)に対し、科学研究費補助金(科研費)を用いて製作した実験装置(UCN発生装置及びEDM測定装置。以下「本件物件」)について、使用差止め・引渡し及び損害賠償金1億円の支払を求めた事案である。原告らは、科研費で購入した設備は関係規定に基づき被告に寄付されたものの、被告はその所有権を「管理」目的で取得したにすぎず、装置に化体するノウハウ(本件情報)に関する権利は原告らに帰属すると主張した。原告らは、被告が本件物件をカナダの国立研究所トライアンフに搬送して共同研究に供した行為が、契約上の秘密保持義務違反、不正競争防止法違反(営業秘密の不正使用)及び人格権侵害に当たるとして、選択的に請求を行った。なお、被告は先行して提起した別件訴訟で本件物件の一部の引渡しを命じる判決を得て確定させていた。 【争点】 主な争点は、(1)被告が科研費に関する契約に付随する秘密保持義務を負うか、(2)本件情報が不正競争防止法上の営業秘密に該当するか、(3)被告の行為が原告らの人格権を侵害するかであった。特に、科研費で取得した設備を研究機関に寄付する制度の法的性質、すなわち寄付が所有権の完全な無償譲渡か、それとも「管理」目的に限定された制約付きの移転かが中心的な論点となった。 【判旨】 裁判所は、原告らの請求をいずれも棄却した。まず、秘密保持義務違反の主張について、「寄付」の字義及び関係規定の文言を詳細に検討し、科研費により購入した設備の研究機関への寄付は所有権の完全な無償譲渡を意味し、研究機関の使用・収益・処分に制限が課されるものではないと判断した。原告らが根拠とする「返還ルール」についても、少なくとも令和2年度以前は補助事業期間中のルールにすぎず、寄付を無償譲渡と解することに影響を与えないとした。次に、営業秘密該当性について、原告らによる本件情報の特定は極めて抽象的であり、具体的な技術思想を読み解くことが不可能で、営業秘密の要件判断ができないとした。さらに、仮に営業秘密であったとしても、所有権の無償譲渡及び引渡しにより秘密管理性・非公知性を喪失したと認定した。人格権侵害の主張についても、被告が所有権に基づき本件物件を使用することは人格権侵害に当たらず、学術研究上のルール違反もうかがえないとして排斥した。本判決は、科研費で取得した研究設備の寄付制度につき、所有権の無償譲渡であることを正面から判示した点で、研究者と研究機関の関係に関する実務上重要な判断を示したものである。