AI概要
【事案の概要】 パン及び菓子類の製造販売等を業とする被告会社の元代表取締役社長である原告が、被告会社の代表取締役会長である被告Aに対し、損害賠償を求めた事案である。被告会社は九州を拠点とする企業であったが、取引先であるH社の四国・関西地区店舗への商品供給を、物流委託先のI社に代わって自ら引き受けたことで物流費が増大し、平成30年5月頃から業績が急速に悪化した。営業利益は前年度の約5億2000万円から約3500万円へと大幅に減少し、過去17年で最悪の経営状況に陥った。こうした中、被告Aは経営会議等の場で原告に対し「馬鹿」「無能」「会社の金を横領した者より始末が悪い」「呪い殺してやる」などの発言を繰り返した。原告は平成31年2月にうつ病と診断され、同年3月に退任した。原告は、(1)被告Aのパワーハラスメント、(2)退職慰労金の不支給、(3)役員報酬の一方的減額を理由に、被告会社に対しては会社法350条、被告Aに対しては民法709条又は会社法429条1項に基づき、連帯して2145万円の損害賠償を求めた。 【争点】 主な争点は、(1)被告Aの発言がパワーハラスメントとして不法行為に該当するか、(2)退職慰労金を不支給としたことが任務懈怠に当たるか、(3)役員報酬の減額が不法行為又は任務懈怠に当たるか、(4)各損害の額である。被告らは、発言は業績悪化の中で原告の奮起を促す目的であったこと、H社四国地区への商品供給は原告が経営会議での検討を経ずに独断で決めたものであり叱責はやむを得なかったこと、退職慰労金の不支給には経営判断上の理由があること、役員報酬の減額は全役員一律であり原告も同意していたことなどを主張した。 【判旨】 裁判所は、まずパワーハラスメントについて、被告Aが被告会社の同族会社における経歴等に照らし原告よりも優越的な地位にあったと認定した上で、「馬鹿」「無能」「横領した者より始末が悪い」「呪い殺してやる」といった発言は、他の取締役らの前で繰り返し原告の人格を否定するものであり、業績悪化の中で業務指導の必要があったとしても社会通念上許容される範囲を逸脱し違法であると判断した。ただし、業績悪化という状況を踏まえ悪質性は一定程度減殺されるとし、うつ病発症の原因も被告Aの発言のみとは認められないとして、慰謝料を100万円と認定した。退職慰労金については、被告会社の内規上、不支給は服務規程違反による退任の場合に限られ、過去に退任した役員9名にはいずれも支給されていたことから、被告Aには退職慰労金支給に関する株主総会議案を取締役会に上程する義務があったと認定した。もっとも、原告が経営会議での検討を経ずにH社四国地区への商品供給を開始し業績悪化を招いたことから、代表取締役社長期間分の退職慰労金が支給されたとはいえないとし、取締役在任期間分の850万円を損害と認めた。役員報酬の減額については、全役員一律の措置であり、当時の経営状況から原告は減額の必要性を理解しており黙示の同意があったとして、請求を棄却した。以上により、損害合計950万円に弁護士費用95万円を加えた1045万円の連帯支払を命じた。