暴行被告事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 被告人(当時87歳の男性)は、自宅近隣の新築工事をめぐり、工事の請負会社社長であるA(当時45歳)との間で従前からトラブルを抱えていた。令和3年4月7日午後5時45分頃、被告人が工事現場でAに苦情を述べて口論となった後、自宅に帰ろうと歩き出したところ、Aがスマートフォンで被告人を撮影しながら追いかけ、「唾飛ばすな。汚いの。」「頭おかしいんか。この野郎。」等の挑発的発言を繰り返した上、被告人の正面に回り込んで立ち塞がった。被告人はAを避けずにそのまま前進し、右肩をAの左胸付近にぶつけるなどの暴行に及んだとして起訴された。原審(広島地裁)は正当防衛・誤想防衛のいずれも否定して被告人を有罪(求刑罰金15万円)としたため、被告人が控訴した。 【争点】 被告人の暴行行為について正当防衛が成立するか。具体的には、Aが被告人の前に回り込んで立ち塞がった行為が「急迫不正の侵害」に該当するか、被告人の体当たり等の行為が防衛行為として相当性の範囲内であるかが争われた。 【判旨】 広島高裁は原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。まず、被告人の暴行態様について、原判決がAの身体への抱き付きを「しつよう」と評価した点や、「両手」でつかんだとの認定はAの原審供述の信用性評価を誤った不合理なものであると判断した。次に、Aの立ち塞がり行為の目的について検討し、Aが被告人を撮影しながら挑発的発言を繰り返した上で正面に回り込み、被告人から体当たりを受けるや即座に左腕を挟み込んで抱きかかえ、撮影の確認と警察への通報を指示したという一連の行動状況に照らせば、Aの目的は被告人を挑発して暴行に及ばせ、その証拠を確保して警察に検挙させることにあったと推認されるとした。そのような不正な目的の下で帰宅しようとする被告人の前に立ち塞がったAの行為は社会的相当性を逸脱し、急迫不正の侵害に該当すると認定した。防衛行為の相当性については、被告人がげんこつ等の加害行為には及んでおらず、自宅方向への前進に伴う体当たりにとどまること、被告人とAの間に42歳の年齢差と体格差があること、口頭による説得が奏功する見込みもなかったこと等を総合考慮し、防衛手段としての相当性を超えないと判断した。また、その後Aが被告人の左腕を抱きかかえた行為も違法な暴行として急迫不正の侵害に該当し、これに対する被告人の抱き付き行為等も正当防衛として正当化されるとして、被告人の各行為は全て刑法36条1項の正当防衛に該当すると結論づけた。