AI概要
【事案の概要】 平成27年9月、ペルー国籍のAが埼玉県熊谷市内において連続して3件の強盗殺人等事件を敢行し、合計6名が殺害された。本件は、そのうち同月16日に原告の妻(当時41歳)及び娘2人(当時10歳・7歳)が自宅で殺害された事件について、原告が、埼玉県警察の犯罪情報提供の不作為を理由に、埼玉県に対し国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(6443万4741円)を求めた事案である。 Aは同月13日に熊谷署に任意同行されたが、所持品を残したまま突然逃走し、直後に付近で2件の住居侵入事件を起こした。翌14日にはL夫妻を殺害し(L事件)、15日から16日にかけてN方に侵入してNを殺害し、さらに原告方に侵入して原告の妻子3名を殺害した。原告は、埼玉県警が遅くとも9月15日正午までに、Aが熊谷署から逃走した事実やL事件との関連を含む犯罪情報を防災無線やパトカー巡回等により地域住民に提供すべき義務があったと主張した。 【争点】 ①埼玉県警がL事件発生後に地域住民に対して必要な犯罪情報を提供する義務を怠った違法があるか、②埼玉県警の不作為と本件事件との因果関係の有無、③損害額が争われた。特に争点①では、9月15日正午までに埼玉県警がL事件の犯人をAと特定できたか、同種犯罪の連続発生を認識できたかが問題となった。 【判旨】 請求棄却。裁判所は、警察の犯罪情報提供義務について、加害行為の危険の切迫性、危険の切迫性の認識可能性、結果回避可能性、権限行使の容易性を総合的に勘案し、権限不行使が著しく不合理かで判断する枠組みを示した。その上で、9月15日正午時点ではL事件認知から18時間程度しか経過しておらず、埼玉県警が把握していた情報は、現場の解読不能な血痕、付近での外国人運転車両の目撃情報等の断片的なものにとどまり、AをL事件の犯人と認識し又は認識し得たとはいえないと判断した。また、住居侵入・殺人事件は一般に近接した時期・場所で連続発生する蓋然性の高い類型ではなく、Aが15日未明に財布を所持してコンビニを訪れていた事実等から、同日正午時点で原告方における危険が切迫していたとは認められないとした。結果回避可能性についても、Bは既に報道や学校配布のプリントを通じてL事件の発生と犯人未逮捕を認識していたにもかかわらず危機意識を高めていなかったこと、防災無線やパトカー広報の効果も不明であることから、情報提供により被害を回避できた高度の蓋然性も相当程度の可能性も認められないとした。原告の予備的主張(Aを犯人と断定しない内容の告知義務)についても、実質的に主位的主張と変わらないとして排斥し、埼玉県警の情報提供の不作為に国賠法上の違法はないと結論付けた。