殺人被告事件
判決データ
- 事件番号
- 令和3あ319
- 事件名
- 殺人被告事件
- 裁判所
- 最高裁判所第一小法廷
- 裁判年月日
- 2022年11月21日
- 裁判種別・結果
- 判決・破棄差戻
- 裁判官
- 山口厚、深山卓也、安浪亮介
- 原審裁判所
- 東京高等裁判所
AI概要
【事案の概要】 被告人は、平成28年8月、自宅において妻A(当時38歳)の頸部を圧迫して窒息死させたとして殺人罪で起訴された。被告人が深夜に帰宅した後、119番通報するまでの間に、自宅でAが頸部圧迫により窒息死したこと、当時自宅にいたのは被告人とAのほか幼い子供らだけであったことには争いがなかった。Aは左前額部に出血を伴う挫裂創を負っていたが、これは死因ではなかった。検察官は、被告人が帰宅後にAとトラブルになり突発的に殺意を抱き、寝室のマットレス上で背後から腕でAの頸部を圧迫して窒息させ、意識を失ったAを階段から落下させるなどの偽装工作を行ったと主張した。一方、弁護人は、被告人が帰宅後に包丁を持ったAともみ合いになり、Aを押さえ付けたが、Aが再び包丁を持ったため2階の子供部屋に避難したところ、その間にAが階段の手すりにジャケットを巻き付けて首をつり自殺を図ったと主張した。第1審は有罪(懲役11年)とし、控訴審もこれを維持した。 【争点】 Aの死因が、被告人による他殺か、A自身による自殺かという事件性の有無が争点であった。具体的には、寝室マットレス上の尿斑や唾液混じりの血痕(窒息第2期後半の痕跡)から被告人がマットレス上でAの頸部を圧迫して窒息死させたとの推認が成り立つか、Aの前額部挫裂創を負った後の行動として自殺の主張が客観的証拠と整合するかが問題となった。特に、Aの顔前面に血痕がないことが自殺の主張を排斥する根拠となるかが重要な争点であった。 【判旨】 最高裁は、原判決を破棄し、東京高裁に差し戻した。原審は、Aの顔前面に血痕がないことを根拠に自殺の主張は客観的証拠と矛盾するとしたが、その認定の根拠とされた写真は、前額部挫裂創周辺の狭い範囲しか写っていないか、電子カルテから普通紙に印刷された不鮮明なものにすぎず、これらからAの顔前面の血痕の有無を判断することは困難であった。また、顔前面の血痕の有無は控訴審で特に争点とされておらず、当事者双方からこの点に関する立証もなかったにもかかわらず、裁判所が釈明を求めることもなく独自に認定した。仮にAの顔前面に血痕があるとすれば、原判決が自殺の主張を排斥した主要な根拠が失われることになる。最高裁は、原審の審理は不十分であり、重大な事実誤認の疑いがあるとして、顔前面の血痕の有無等について当事者双方の主張立証を尽くさせる必要があると判示した(裁判官全員一致)。