殺人
判決データ
AI概要
【事案の概要】 被告人は、令和元年6月1日午後3時15分頃、自宅において、同居していた長男(当時44歳)に対し、殺意をもって包丁(刃体の長さ約17.5cm)で頸部等を多数回突き刺し、右総頸動脈離断等による失血により死亡させた殺人事件の控訴審である。被害者は中学生の頃から激しい家庭内暴力があり、統合失調症と診断された後、アスペルガー症候群と診断されていた。被告人は長年にわたり、毎月1回程度被害者の主治医に状況を伝え、処方薬を届け、ごみの片付けをするなど、適度な距離感を保ちながら支援を続けてきた。令和元年5月25日に被害者が自ら求めて被告人方で同居を開始したが、翌26日に被害者から激しい暴行を受けて負傷した。被告人はその後、心中をほのめかす手紙を書いて妻に渡し、インターネットで殺人罪の量刑を検索する一方、別居の準備もしていた中、犯行当日に被害者の言動をきっかけに殺害を決意した。原審は被告人を懲役6年に処し、弁護側が理由齟齬、量刑不当、正当防衛・誤想防衛の成立を主張して控訴した。 【争点】 第一に、犯行態様について、被告人は「被害者から'殺すぞ'と言われて恐怖から反射的に台所で包丁を取り、もみ合いの中で刺した」と供述したが、原審はこの供述の信用性を否定し「ほぼ一方的に攻撃を加えた」と認定した。控訴審では、この認定の当否が争われた。第二に、殺意形成の過程について、犯行前に書かれた心中をほのめかす手紙やインターネットでの殺人罪の量刑検索が、殺意形成にどの程度関連するかが争点となった。弁護側は、手紙は抗不安薬の影響下で書かれた可能性があり、検索は被害者が第三者を襲った場合を想定したものと主張した。第三に、正当防衛ないし誤想防衛の成否について、弁護側は被害者に「殺すぞ」と言われて反射的に防衛行為に及んだと主張した。 【判旨(量刑)】 控訴審は、原審の量刑判断はおおむね相当であるとして控訴を棄却した。犯行態様について、被告人の供述全般の信用性を否定したものではないとしつつ、被害者の負傷箇所が30か所以上に及び深さ10cmを超える傷も複数あることから、被告人の攻撃が優勢であったことは明らかで、「ほぼ一方的に攻撃を加えた」との原審認定に誤りはないとした。殺意形成について、手紙に関する原審の判断に誤りはないとする一方、インターネット検索に関する原審の説示の一部に誤りがあると指摘した。ただし、検索内容が「殺人罪」「量刑相場」「執行猶予」等であったことから、被害者殺害を想定した検索とみるのが自然であるとした。もっとも、これらの事情は計画性を示すものではなく、量刑判断における経緯の一要素にとどまるとした。正当防衛・誤想防衛については、被害者が素手で一定の間隔を空けた位置に立っていたにすぎず、危害を受ける差し迫った危険はなかったとして成立を否定した。被告人の長年の献身的な支援や犯行に至る背景事情は相応にしん酌すべきとしつつも、医療機関等への相談という現実的な対処方法があったのに殺害に至った経緯には短絡的な面があるとし、同種事案の量刑傾向に照らしても懲役6年の原審量刑は重過ぎるとはいえないと判断した。