AI概要
【事案の概要】 本件は、沢井製薬(原告)が、東レ(被告)の保有する「止痒剤」に関する特許(特許第3531170号)について、特許無効審判を請求したところ、特許庁が「審判の請求は成り立たない」とする不成立審決をしたため、原告がその取消しを求めた審決取消訴訟である。 本件特許は、オピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤に関する発明(本件発明1、6〜9、20)に係るものである。被告は、化合物A(一般名「ナルフラフィン」)について、平成8年11月25日を優先日として特許出願し、平成16年に設定登録を受けた。原告は、本件発明が甲1(特許第2525552号公報)に記載された発明及び甲2〜9等から導かれる本件優先日当時の技術水準・周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、進歩性を欠如すると主張した。 甲1には化合物Aが鎮痛剤・利尿剤として開示されていたが、止痒剤としての用途は記載されていなかった。本件発明1と甲1発明との主な相違点は、本件発明1が化合物Aを有効成分とする「止痒剤」であるのに対し、甲1発明はそのような用途としていない点(相違点2)にあった。 【争点】 相違点2の容易想到性、すなわち、(1)甲1の「鎮痛剤」「鎮静剤」の用途から止痒剤への動機付けが認められるか、(2)ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動に関する文献群(甲4〜9、12等)から、オピオイドκ受容体作動性化合物を止痒剤として用いることの動機付けが認められるか、(3)本件発明の作用効果の顕著性。 【判旨】 請求棄却。裁判所は、以下の理由から本件審決の判断に誤りはないとした。 (1)鎮痛・鎮静と止痒の関連性について、鎮静剤にはバルビツール酸系やベンゾジアゼピン系等、化学構造・作用部位・作用機序がそれぞれ異なるものが存在し、ある系統の鎮静剤に止痒作用があるとしても、別の系統の鎮静剤にも同様の作用があるとは当業者は考えない。甲22・23に記載された抗ヒスタミン剤の鎮静作用と、甲1のオピオイドκ受容体作動性化合物の鎮静作用とは薬理作用を異にし、両者を結びつける技術的関連性は認められない。また、痛みと痒みについても、甲7・甲9では独立した感覚様式とされており、鎮痛作用と止痒作用の間に技術的関連性があるとは認められない。 (2)Cowanらの研究について、ボンベシン誘発グルーミング・引っ掻き行動が痒みに起因するというCowanらの提唱は、技術的裏付けの乏しい一つの仮説にすぎず、本件優先日当時、他の研究者はこの行動が痒み以外の要因(痛み等)により生じているとの見解を有していた。また、オピオイドκ受容体作動性化合物のうちSKF10047やナロルフィン等はボンベシン誘発グルーミングを減弱しない一方、κ受容体作動作用を有しない化合物が同行動を減弱する例もあり、化合物Aがボンベシン誘発グルーミングを減弱するかは実験してみないと分からない状態であった。仮説・推論であっても動機付けの基礎となり得る場合はあるが、本件では裏付けが不十分であり動機付けは認められない。 (3)従属項である本件発明6〜9、20についても同様に進歩性は否定できない。