AI概要
【事案の概要】 ロシア国籍の原告A(当時36歳)が、被告医療法人の開設する京都府内の診療所において無痛分娩のための腰椎麻酔(硬膜外麻酔)を受けた際、担当医師Eが、硬膜外針及びカテーテルを硬膜外腔に留めた上で麻酔薬を分割投入すべき義務に違反し、硬膜外針の先端をくも膜下腔まで到達させ、同所に留置したカテーテルから麻酔薬(マーカイン0.5%・25cc)を一度に注入した。これにより原告Aは全脊髄くも膜下麻酔の状態となり、急性呼吸循環不全から心肺停止に至った。原告Aは心肺停止後脳症(遷延性意識障害・失外套症候群)の重篤な後遺障害を負い、身体障害者手帳1級の交付を受けて24時間介護が必要な状態となった。また、母体の心肺停止により胎児も急性低酸素・酸血症を発症し、重症新生児仮死の状態で出生した長女Fは、新生児低酸素性虚血性脳症等と診断され、自発呼吸のないまま人工呼吸器等による常時全介助が必要な状態が続き、約6年後に敗血症性ショックにより死亡した。原告A本人、その夫である原告B及び母である原告Cが、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として合計約6億円を請求した事案である。被告は担当医師の注意義務違反自体は争わず、損害賠償請求権の帰属主体及び損害額を争った。 【争点】 1. 債務不履行に基づく損害賠償請求権の帰属主体(胎児であったF、契約当事者でない原告B・原告Cが固有の請求権を有するか) 2. 原告A及びFに発生した損害の額(将来介護費の算定における平均寿命、付添看護費用の日額、慰謝料の増額の可否、生活費控除率、産科医療補償制度の補償金等の損益相殺) 3. 原告Bに発生した固有の損害(固有の慰謝料)の有無及び額 4. 原告Cに発生した損害(逸失利益・固有の慰謝料)の有無及び額 【判旨】 裁判所は、原告Aについては被告との医療契約上の債務不履行による損害賠償請求権を認め、Fについては原告Aが胎児Fのために被告と黙示的に第三者のためにする契約を締結したと認定し、Fの出生後の損害賠償請求権の取得を認めた。一方、原告B及び原告Cについては被告との契約関係がないことから、債務不履行に基づく固有の慰謝料請求権を否定した。損害額の算定においては、原告Aの将来介護費について日本人女性の平均寿命86歳を前提とし(ロシア人平均寿命を用いるべきとの被告の主張を排斥)、近親者介護から職業介護人への段階的移行を踏まえて日額1万5000円〜2万4000円で算定した。慰謝料については医師と患者の立場の非互換性を理由とする2倍増額の主張を退け、通常の基準により認定した。Fの死亡逸失利益の生活費控除率は45%とし、産科医療補償制度に基づく補償金3000万円は全額損益相殺の対象とした。結論として、原告Aに対し約2億7036万円、原告Bに対しFの損害賠償請求権の相続分として約2758万円の支払を命じ、原告Cの請求は全部棄却した。