AI概要
【事案の概要】 大学レスリング部に所属していた原告aは、レスリング協会及び全日本学生レスリング連盟が主催したナショナルチーム代表選手と大学生選抜選手の合同合宿に参加した。原告aはグレコローマンスタイル85kg級、相手方の被告cは同75kg級の選手であり、約10kgの体重差があった。平成29年9月13日、味の素ナショナルトレーニングセンターにおいて被告cとスパーリング中、被告cから反り投げをされたような状態となり、前頭部からマットに落下して第4・5頸椎脱臼骨折・頸髄損傷の傷害を負い、四肢完全麻痺等の後遺障害(身体障害等級1級)が残った。 原告a及びその母である原告bは、被告cに対しては危険な投げ技を行った不法行為に基づき、被告cの使用者である被告d会社に対しては使用者責任に基づき、合宿責任者であった被告eに対しては安全管理義務違反の不法行為に基づき、被告eの使用者であるJOC及びレスリング協会に対しては使用者責任等に基づき、原告aにつき2億円、原告bにつき2600万円の連帯支払を求めた。 【争点】 主な争点は、(1)被告cによる注意義務違反の有無(コーチのブレーク指示を無視して反り投げを行ったか、両腕を固めた状態での危険な反り投げを行ったか)、(2)合宿責任者である被告eによる練習環境整備・安全管理の注意義務違反の有無、(3)損害額及び過失相殺の可否である。原告らは、コーチがブレークを指示し原告aが脱力してブレークの意思を示したにもかかわらず被告cがこれを無視して反り投げを行ったと主張した。被告側は、事故は原告aの足が滑るなどして力の均衡が崩れた偶発的な事故であり、被告cが意図的に反り投げを行った事実はないと反論した。 【判旨】 裁判所は、防犯カメラ映像等の証拠に基づき、以下のとおり判断して原告らの請求をいずれも棄却した。 第一に、コーチのブレーク指示について、コーチは原告aらの脇を通り越して別の組に近寄りブレークを指示したものであり、原告a及び被告cに対するブレーク指示は認められないとした。また、無言で力を抜くブレーク方法は一般的でなく、通常は相手の身体を叩いたり声をかけたりするものであるとの証言を採用し、原告aがブレークの意思を伝えるために脱力したとは認められないとした。 第二に、被告cがクラッチを組み替えて原告aの両腕を固めた事実は認められず、被告cが意図的に反り投げをした事実も認められないとした。事故の態様(約4m移動していること等)は通常の反り投げとは異なり、原告aの足が滑るなどして力の均衡が崩れた偶発的事故であるとの被告cの供述を信用した。 第三に、反り投げは国際レスリングルールで禁止されておらず、トップ選手を集めた合宿では国際大会で使用可能な全技の使用が当然の前提であるから、体重差等を考慮しても特定の投げ技を回避すべき義務は生じないとした。 合宿責任者の被告eについても、直接の行為者である被告cに注意義務違反が認められない以上、不可抗力ともいうべき事故を予見・防止する義務があったとは認められず、練習環境にも事故発生につながる不備はなかったとして、注意義務違反を否定した。