AI概要
【事案の概要】 右肩関節脱臼の治療のため整形外科医院を受診した患者A(当時67歳)が、被告医師から腕神経叢ブロック(伝達麻酔)として局所麻酔剤カルボカイン(メピバカイン)18mLの投与を受けた後、容態が急変し、心肺停止状態に陥った事案である。Aは救急搬送先の病院で蘇生したものの意識は回復せず、低酸素脳症と診断された。Aは昏睡状態のまま約2年後に死亡し、夫である原告が訴訟を承継した。原告は、被告医師には麻酔薬の投与等に過失があると主張し、医院を運営する被告医療法人に対しては使用者責任(民法715条1項)又は債務不履行に基づき、被告医師に対しては不法行為(民法709条)に基づき、連帯して約8510万円の損害賠償を求めた。 【争点】 主な争点は、(1)Aの低酸素脳症が局所麻酔中毒によるものか、(2)手技選択の過失の有無、(3)麻酔薬投与における手技上の過失の有無、(4)救命救護の準備・実行に関する過失の有無、(5)損害額であった。被告らは、Aの低酸素脳症の原因は脳幹梗塞や心疾患等の可能性があるとして局所麻酔中毒を争い、手技上の注意義務違反も否認した。 【判旨】 裁判所は、Aの血清から検出されたメピバカイン濃度と半減期等から推計される最高血中濃度が中毒域に達していたこと、投与後の臨床経過(傾眠傾向、意識レベル低下、いびき様呼吸等)が局所麻酔中毒の症状経過と一致することから、Aが局所麻酔中毒により呼吸停止・心停止に至ったと認定した。被告らが主張する脳梗塞や心筋梗塞等の他原因については、各種検査でこれらを疑わせる所見が認められないとして排斥した。手技上の過失については、局所麻酔薬の投与に際しては、注射針からの血液逆流の確認、全身状態の観察、必要最小量の投与、可能な限り速度を遅くした注入(分割投与を含む)をすべき注意義務があり、特に高齢者に対する腕神経叢ブロックではより慎重に行うべきであったと判示した。被告医師の投与は「ゆっくり注入した」という感覚的な説明にとどまり、試験的な少量投与や具体的な全身状態の観察が行われておらず、投与量も通常使用量の上限に近い18mLであったことから、注意義務違反を認めた。さらに、救命救護の点でも、投与後15分で眠気が生じた段階で局所麻酔中毒の初期症状を疑い酸素投与等の処置をすべきであったのに、これを怠った過失も認定した。損害については、基礎収入を年齢別賃金センサスに基づき減額するなどして約6222万円の損害を認容した。