AI概要
【事案の概要】 本件は、椅子型マッサージ機に関する特許(特許第5009445号)について、原告(株式会社フジ医療器)が特許無効審判を請求したところ、特許庁が「本件審判の請求は成り立たない」との審決をしたため、原告がその取消しを求めた審決取消訴訟である。 本件特許の発明は、椅子の座部両側に配設された一対の腕保持部と、その内面に設けた膨張・収縮可能な空気袋とを備えたマッサージ機に関するものである。引用例(特開2001-204776号公報)が示す従来技術では、保持部の開口が「上向き」に設けられていたのに対し、本件発明の大きな特徴は、開口同士が「横向きに互いに対向するように配設されている」点にあった。 原告は、特許請求の範囲について平成24年に行われた補正が、当初明細書に記載のない新たな技術的事項を導入するもので無効であるとして、補正要件違反、サポート要件違反、明確性要件違反、進歩性の欠如、分割要件違反などを主張していた。また、審判手続において、構成要件F(腕を挿入する開口の形状)に関する複数の無効理由を主張したにもかかわらず、審決がその点について判断を示していないとする手続違背(審理不尽・判断遺脱)も併せて主張した。 【争点】 (1) 審決が構成要件Fに関する無効主張について判断を示していない点が手続違背に当たるか (2) 本件補正が新たな技術的事項を導入するものか(補正要件違反の有無) (3) 特許請求の範囲の記載がサポート要件・明確性要件に適合するか (4) 引用発明と周知技術から本件発明を容易に想到できたか(進歩性の有無) 【判旨】 知財高裁は、原告の請求を認容して審決を取り消した。 その中心的な理由は、明確性要件に関する判断遺脱である。裁判所は、審決が構成要件G及びLについては明確性を判断しているものの、原告が主張していた構成要件Fの「被施療者の腕を挿入する開口」の明確性については、審決書の「請求人の主張の概要」にも「当合議体の判断」にも記載がなく、実質的に判断されたと評価できないと指摘した。そして、この判断遺脱は審決の結論に影響を及ぼす違法であるとして、審決の取消しを免れないとした。 もっとも、裁判所は、当事者双方が他の無効理由についても十分な主張立証を尽くしていたことから、紛争の一回的解決の観点から、残る争点についても自らの判断を示した。すなわち、本件補正は当初明細書の【図1】【図5】【図13】等の記載から導かれる技術的事項の範囲内にあって新たな技術的事項を導入するものではなく、サポート要件も満たす、としたほか、進歩性についても、引用発明の「上向き開口」を「横向き対向開口」に変更することは単なる設計事項ではなく、甲10ないし甲13の周知技術を適用する動機付けもないとして、進歩性を認める審決の結論自体は維持した。 本判決は、無効審判請求を不成立とした特許庁審決について、審決の結論の当否にかかわらず、当事者が主張した個別の無効理由に対する判断を欠いた手続上の瑕疵のみを理由として取消しを命じた事例であり、特許庁に対し改めて明確性要件の審理を尽くすよう求めた点に実務的意義がある。