AI概要
【事案の概要】 本件は、被告人が、当時1歳11か月の児童(被告人の交際相手の子)に対し、その頭部に強い衝撃を与える何らかの暴行を加え、急性硬膜下血腫・脳腫脹の傷害を負わせて死亡させたとして、傷害致死罪で起訴された事件の控訴審である。検察官の主張によれば、犯行時間帯は児童の母が出勤した後、被告人と児童のみが在宅していた時間帯であり、被告人が唯一の加害可能者とされた。 第一審(原審)は、児童の死因となった急性硬膜下血腫が他者の故意行為によって発生したことが常識的に考えて間違いないとはいえず、被告人による暴行の事実を認定できないとして、無罪を言い渡した。これに対し検察官が控訴した。 原審の審理では、検察官請求のC医師・D医師と弁護人請求のE医師という脳神経外科・小児科の専門家証人が対立し、急性硬膜下血腫が故意による強い外力によるものか、偶発的な転倒・転落等の軽微な事故でも発生し得るものかが争われた。いわゆる乳幼児揺さぶられ症候群(SBS仮説)の信頼性も問題となり、医学的因果関係の立証が中心的争点となった本件は、近時相次ぐ児童虐待冤罪事件の先例として注目される。 【争点】 (1)原審の訴訟手続に、弁護人の新主張に対する反論機会不授与や過度な刺激証拠排除による審理不尽等の法令違反があるか、(2)急性硬膜下血腫が他者の故意行為によって生じたと認定できるか、特に複数の皮下出血の存在や血腫の重症度から被告人の暴行を推認できるかが争われた。 【判旨(量刑)】 大阪高裁は、本件控訴を棄却した。訴訟手続の違法については、検察官自身がC医師らの医学的所見による立証方針を選択していたのであり、弁護人が弁論で具体的事故態様を主張しても医学的所見で排斥できると考えていたはずであって、反論機会不授与や審理不尽はないとした。 事実誤認の主張についても、小児の架橋静脈は血管壁が薄く頭蓋骨に対し直角に近く走ることから、故意による打撃のほか転倒等の事故によっても破綻し得るというE医師の証言は、医学的一般論として信用できるとした原判決の判断を是認した。D医師・C医師の経験や専門性は尊重に値するものの、偶発的原因による死亡例がないとする経験則は、E医師の証言を排斥するに足りない。また、頭部等の複数の皮下出血についても、受傷時期に半日程度の幅があり、その相当数が発症時間帯に生じたと間違いなく認められる程度の立証はないとして、被告人の故意行為を推認できないとした原判決を是認した。検察官が控訴審で請求した工学鑑定等の新証拠については、原審で立証可能であったとして刑訴法382条の2の「やむを得ない事由」を欠くとして却下した。 本判決は、いわゆるSBS/AHT(虐待による頭部外傷)事案における医学的知見の評価と、間接事実による推認の限界について、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を徹底した重要判例といえる。