AI概要
【事案の概要】 本件は、不妊治療を受けていた原告A1(手術当時34歳)が平成27年に5胎を妊娠したことを契機とする医療過誤訴訟である。原告A1は、被告医療法人が開設する産婦人科医院において、5胎のうち2胎を残す減胎手術を受けた。執刀医は、妊娠8週5日に経腟で生理食塩水を胎児に注射する方法(手術Ⅰ)を実施したが4胎が残ったため、3日後に経腹で塩化カリウムを注射する方法(手術Ⅱ)を行い2胎を残した。 しかし、その後別のクリニックでの胎児ドックにより、残存2胎のうちⅠ児にダウン症リスク、Ⅱ児には頭蓋骨一部欠損と脳脱出が確認された。さらに別の専門クリニックに転院後、両胎児とも羊水減少が進行し、妊娠19週5日に人工妊娠中絶手術が実施され、結果的に1胎も救えなかった。 原告ら(原告A1と夫の原告A2)は、執刀医には太い穿刺針による過剰回数の穿刺、感染症対策の懈怠、Ⅱ児頭部の誤穿刺、手術手法・実施時期の選択、転医義務違反、救胎する胎児数・選択に関する説明義務違反の各過失があったと主張し、不法行為(使用者責任)ないし診療契約上の債務不履行に基づき合計約2341万円の損害賠償を求めた。 【争点】 被告医師に上記各過失があったか、過失と本件人工流産との間に因果関係があるか、および損害額である。原告らは羊水減少は多数回の経腹穿刺による羊膜損傷と感染症継続が原因と主張し、被告は胎児の先天奇形・染色体異常または7月下旬以降発症した絨毛膜羊膜炎によるものと反論した。 【判旨】 大阪地裁は、原告らの請求をいずれも棄却した。穿刺針の太さや回数について「1胎につき原則1回、多くとも3回以内」とする医学的知見が確立していたとは認められず、手術Ⅰで減胎を試みた胎児を見極める必要があり難度が高かったことから、20〜30回程度の穿刺をもって直ちに過失とはいえないとした。羊水減少についても、羊水減少の確認が手術Ⅱから50日以上経過後であったことなどから、羊膜損傷に起因するとは考え難いと判断した。 感染症対策についても、複数種類の抗生剤が継続投与されていたこと、CRP値3前後は重篤な感染症を示すものではないこと等から、投与継続・増量義務違反は認められないとした。Ⅱ児頭部の誤穿刺についても、瘢痕存在を裏付ける的確な証拠がなく、むしろ脳瘤等の先天性異常である可能性が高いと認定した。 手術方法選択についても経腹KCL法を採るべきとする医学的知見は確立していないとし、転医義務についても、減胎手術を専門とする医療機関はほとんどなく適切な転医先の確保が困難であることから義務違反を否定した。説明義務違反についても、医師が単胎のみ残す選択肢を排除した事実はないとした。 本判決は、確立した医療水準の乏しい減胎手術という特殊領域において、医師の裁量の範囲を比較的広く認めた事例として実務上参考になる。