AI概要
【事案の概要】 本件は、生後約1か月半の被害児(実子)に対し、平成26年12月18日午後、大阪市内の自宅において、その身体を揺さぶるなどの方法で頭部に衝撃を与える暴行を加え、回復見込みのない遷延性意識障害を伴う急性硬膜下血腫等の傷害を負わせたとして、母親である被告人が傷害罪で起訴された事案である(被害児は控訴審係属中の平成30年10月に死亡)。原審大阪地裁は、検察官主張のとおり、急性硬膜下血腫・びまん性軸索損傷等が架橋静脈の同時多発的剪断等により生じたと認め、これをなし得たのは被告人のみとして、懲役3年・執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。被告人は、暴行の存在及び犯人性を争い、事実誤認を理由に控訴した。本件は、いわゆる「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」の機序の推認可能性が問われた事案である。 【争点】 主たる争点は、①被害児に生じた急性硬膜下血腫等の傷害が、揺さぶり行為(回転性外力)によって生じたといえるか(特にびまん性軸索損傷や架橋静脈の同時多発的剪断の有無、ミルク誤嚥等の窒息が先行した可能性)、②仮に揺さぶり行為が認められるとしても、それをなし得たのが被告人のみといえるか(当時同居していた2歳6か月の長男による落下等の関与の可能性)であった。 【判旨(量刑)】 大阪高裁は、原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。乳幼児の重傷害事案では推認に推認を重ねる構造になりやすいことに鑑み、有罪の推認を妨げる事情を排斥する医師の見解については、その根拠に瑕疵がないかを厳密に審査する必要があると判示。その上で、①急速な脳浮腫の進行はびまん性軸索損傷のみならず完全な窒息によっても生じ得るところ、誤嚥による気道閉塞の可能性を排斥した原判決の認定には疑問が残る、②架橋静脈の同時多発的剪断の認定も、慢性硬膜下血腫の存在による架橋静脈の伸展等を踏まえると相当性を欠く、③長男が被害児を床に落下させた可能性も否定できない、と判断した。結局、公訴事実にいう揺さぶり行為の存在も、被告人を犯人と断ずる推認も成り立たず、犯罪の証明がないとして刑訴法336条により無罪を言い渡した。本判決は、SBS仮説に基づく刑事立証の限界を示し、医学的推認を慎重に吟味すべきことを強調した点に意義がある。