AI概要
【事案の概要】 本件は、大手総合証券会社である原告が、執行役員投資銀行本部副本部長を務めていた被告に対し、平成23年2月から同年7月にかけて、業務上取得したD社・G社・H社の株式公開買付け(TOB)及びMBOの実施に関する事実を知人Bに伝達したとして、債務不履行(内部者取引管理規程違反)及び不法行為に基づき、調査委員会費用・従業員人件費・信用毀損損害・弁護士費用等合計5991万1411円の損害賠償を求めた事案である。被告は、本件刑事事件(金融商品取引法違反)において、Bに対するインサイダー情報の伝達を唆した罪で懲役2年6月(執行猶予4年)及び罰金150万円の有罪判決を受け、平成29年に最高裁で確定していた。 【争点】 (1)被告からBへの本件情報伝達行為の有無(債務不履行又は不法行為の成否)、(2)原告に生じた損害額、(3)不法行為に基づく損害賠償請求権の時効消滅の成否が主要な争点となった。特に、刑事事件で有罪が確定している事案について、民事訴訟において同じ事実認定がなされるかが実質的な争点であり、BのTOB・MBO情報入手源が被告であったか、被告に情報伝達の動機があったかが中心的な問題となった。 【判旨】 東京地裁は原告の請求を棄却した。まず、Bの証言は具体性に欠け変遷も多く、検察官の誘導により得られた部分も多いことから、自身の記憶に基づく証言か疑問であり信用できないとした。Bと被告が頻繁に電話・メールのやり取りをしていた事実は、情報伝達が可能であったことを示すに過ぎず、伝達の事実を裏付けない。会社四季報D社のコピーがB関係先から発見された事実も、アービル横浜の土地売却の関係で交付された可能性があり、公刊物のコピー交付自体はインサイダー情報提供の裏付けにならないとした。また、Bの新規銘柄買付けと被告の非公開情報取得との間に偶然とは考え難い強い関連性は認められず、TOB・MBO情報に接し得る者は証券会社・銀行等数百人規模に上ること、Bには他にも株情報の入手先が複数存在することから、被告が情報源と特定することはできないと判示した。さらに、LのBに対する融資金返済問題について被告に責任追及されるべき合理的理由はなく、M社株取引による損失補てんの動機も、時期的離隔や利益分配の不存在、発覚時のA銀行からの懲戒解雇リスクなどに照らし、インサイダー情報提供の合理的動機は認められないとした。結論として、本件情報伝達行為があったと認めるに足りる事実はなく、刑事有罪判決とは異なる事実認定により原告の請求には理由がないとされた。刑事と民事の証明度の違いを示す事例として注目される。