AI概要
【事案の概要】 本件は,ハンセン病病歴者である原告らが,昭和27年に熊本県菊池郡で発生した殺人事件(いわゆる菊池事件)に関し,検察官が再審請求権限を行使しなかったことが国家賠償法上違法であると主張し,国に対して1人10万円の慰謝料及び遅延損害金の支払を求めた事案である。菊池事件では,本件被告人がハンセン病患者であることを理由に,裁判所法69条2項に基づく最高裁判所の認可を受けて,菊池恵楓園及び菊池医療刑務支所内の「特別法廷」で審理が行われ,昭和28年8月に熊本地裁で死刑判決が言い渡され,昭和32年に確定した後,本件被告人の3度の再審請求はいずれも棄却され,昭和37年に死刑が執行された。平成28年4月,最高裁判所は「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」を公表し,昭和35年以降の裁判所外での開廷運用は裁判所法69条2項に違反するものであったと結論付けたが,熊本地方検察庁は平成29年3月,菊池事件について再審請求を行わない旨を明らかにした。これを受け,原告らは,菊池事件の審理が憲法14条1項,13条,37条1項,82条1項に違反し再審事由に当たるとし,検察官の再審請求不行使はハンセン病病歴者に対する被害回復義務違反であると主張して提訴した。 【争点】 主たる争点は,検察官が菊池事件について再審請求権限を行使しなかったことが,原告ら(本件被告人ではないハンセン病病歴者)との関係で国家賠償法1条1項上違法となるかである。前提問題として,特別法廷における審理の憲法適合性,手続の憲法違反が刑事訴訟法435条所定の再審事由に当たるか,さらに本件被告人との関係及び原告らとの関係における違法性評価の枠組みが問われた。 【判旨】 熊本地裁は,菊池事件の審理はハンセン病患者であることを理由とする合理性を欠く差別として憲法14条1項に違反し,人格権を侵害するものとして13条にも違反し,裁判の公開原則(37条1項,82条1項)違反の疑いもあると認定した。他方,再審制度は実体的事実誤認の是正を中核とし,手続の憲法違反は明文の再審事由ではないから,憲法違反のみで直ちに再審事由を認めることはできず,また無罪を言い渡すべき証拠の存否は検察官・弁護人の関与する再審請求審で審理されるべきで民事訴訟で先行判断するのは相当でないとし,本件で再審事由を認めることは困難であるとした。その上で,検察官の再審請求権限の趣旨は有罪の言渡しを受けた者の被害回復にあるところ,原告らは菊池事件の有罪言渡しを受けた者でも再審請求権を有する親族等でもないから,再審請求がされることにつき法律上保護される利益を有しない。原告らが主張する憲法違反の先行行為に基づく被害回復義務やハンセン病問題解決促進法を根拠とする請求権については,原告らが被った偏見・差別の被害は国の強制隔離政策により形成された社会構造全体から生じたもので菊池事件という個別事件の再審によって除去し得る危険ではなく,また同法も個別刑事事件の再審請求を施策として想定していないとして排斥した。民法711条類推適用による慰謝料請求についても,原告らと本件被告人との間に同条所定の者と実質的に同視し得べき身分関係は認められないとした。結論として,検察官の再審請求権限不行使が原告らとの関係で国家賠償法上違法とは認められないとして,原告らの請求をいずれも棄却した。本判決は,特別法廷審理の違憲性を司法判断として明示しつつ,再審請求権限の法的構造を踏まえ,ハンセン病差別被害の救済は個別刑事事件の再審ではなく国の強制隔離政策全体への国家賠償の枠組みで処理されるべきであるとの見解を示した点に実務的意義を有する。