業務上過失致死
判決データ
AI概要
【事案の概要】 長野県安曇野市の特別養護老人ホームに准看護師として勤務していた被告人が、平成25年12月12日、入所者(当時85歳、アルツハイマー型認知症で要介護4)に間食を配膳した際の業務上過失致死事件である。被害者は義歯がなく食事の丸飲み傾向があったため、同月4日の介護士会議で間食がゼリー系に変更されていたが、被告人はこの変更を知らず、常菜系のドーナツ(直径約7cm)を提供した。被害者はドーナツ摂取後に心肺停止状態に陥り、翌年1月16日に低酸素脳症等で死亡した。原審(松本地裁)は、被告人が間食の形態変更を確認する義務を怠った過失があるとして有罪(業務上過失致死罪)としたが、被告人のみが控訴した。なお、検察官の主位的訴因(食事中の動静注視義務違反)は原審で排斥されており、予備的訴因(間食形態の確認義務違反)のみが有罪認定の根拠とされていた。 【争点】 主たる争点は、被告人に間食の形態変更を確認して被害者へのドーナツ提供を回避すべき業務上の注意義務があったか否かである。具体的には、(1)被害者の心肺停止がドーナツによる窒息に起因するか、(2)被告人に原判決が認定した過失(間食形態確認義務違反)があるか、が争われた。 【判旨(量刑)】 東京高裁は原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。高裁はまず、原判決の過失判断の枠組みに重大な問題があると指摘した。原判決は予見可能性の内容を「施設利用者一般に形態を誤った間食を提供すれば死亡結果が生じ得ること」と広範かつ抽象的に捉えたが、これでは刑法上の注意義務を基礎づけるに足りないとした。過失責任を問う以上、被害者に対する本件ドーナツによる窒息の危険性という具体的予見可能性を検討すべきであると判示した。その上で高裁は、具体的事実関係を詳細に検討した。(1)被害者に嚥下障害はなく、入所後も常菜系の間食を問題なく摂取しており、ドーナツによる窒息の危険性は低かったこと、(2)形態変更は主に嘔吐防止(感染症対策)を目的としたもので、窒息の差し迫った危険に対応したものではなかったこと、(3)形態変更は介護資料にしか記載されておらず、看護職への周知がなされていなかったこと、(4)間食の介助は基本的に介護職の業務であり、配膳を頼んだ介護士も被告人に形態変更を伝えなかったこと、(5)食品の提供は手術や投薬とは異なり、窒息の危険が否定しきれないからといって禁じられるものではないこと、を総合し、被告人が間食の形態を確認せずドーナツを提供したことは刑法上の注意義務に反するとはいえないと結論づけた。