殺人未遂被告事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 被告人は、統合失調症に罹患し通院を続けながら、夫、長女A及び孫と同居していた。Aは適応障害等の診断を受けており、被告人に対し日常的に暴言・暴力を繰り返していた。平成31年3月5日から6日にかけて、Aは被告人に対し激しい暴言・暴力・器物損壊を行い、ガラス片を被告人の手首に近付けて「あんたが死ぬんよ。」と述べるなどした。同日午後3時30分頃、被告人は自宅台所で、冷蔵庫の前で背を向けたAの腰背部を出刃包丁で1回突き刺したが、Aに取り押さえられ殺人未遂に終わった。原審(山口地裁)は、完全責任能力を認め殺人未遂罪の成立を肯定し、懲役2年6月(執行猶予4年)を言い渡した。 【争点】 被告人が本件行為当時、統合失調症の陽性症状である作為体験(守護霊に体を動かされるという体験)の影響下にあったか否か、すなわち殺意の有無及び責任能力の程度が争点となった。被告人は捜査段階では殺意を認める供述をしていたが、起訴後に守護霊に操られていたとする供述に変遷した。被告人は、Aから離れるために刑務所に行きたいと考え、捜査段階ではあえて病気の影響を隠して罪を重くする方向の供述をしていたと説明した。 【判旨】 広島高裁は、原判決を破棄し無罪を言い渡した。その理由は以下のとおりである。 第一に、裁判員法50条に基づく精神鑑定は、被告人の病歴、Aとの関係でのストレス状況、犯行直後の「病気がやったんよ。」との発言等に照らし、本件刺突行為が統合失調症の作為体験によるものであると結論づけており、鑑定人の専門性、基礎資料、鑑定手法及び判断過程に不合理な点はなく、基本的に尊重されるべきものである。 第二に、原判決は、作為体験の存否を鑑定の前提条件となる事実関係と位置付け、鑑定を踏まえた多面的検討を行わないまま、捜査段階と起訴後の供述の信用性を単純に対比して作為体験を否定しており、精神鑑定を基本的に尊重したものとはいえない。 第三に、捜査段階の供述の信用性を支える各論拠は、鑑定を踏まえると、作為体験の存在と矛盾しない別の見方も十分に成り立つ。犯行直後の「病気がやったんよ。」との発言や、刑を重くしてほしいとの不自然な言動は、むしろ鑑定及び起訴後の供述と整合する。 以上から、本件刺突行為は作為体験の影響によるものであった可能性が否定できず、被告人は心神喪失の状態にあったとの合理的な疑いがあるとして、犯罪の証明がないとして無罪を言い渡した。