損害賠償請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 家庭裁判所調査官であった上告人Y1は、アスペルガー症候群を有する少年(被上告人、当時17歳)に係る銃砲刀剣類所持等取締法違反の少年保護事件を担当した。同事件は不処分で終了したが、Y1は調査の際に作成した手控えを基礎資料として、同症候群の症例報告に関する公募論文の特集に応じ、本件保護事件を題材とした論文を執筆した。論文は精神医学関係者向けの専門月刊誌に掲載され(本件公表)、その後、Y1の既発表論文をまとめた専門書籍にも収録された(本件再公表)。論文では少年の氏名・住所・事件の時期等は記載されなかったが、家庭環境、生育歴、学校生活の具体的エピソード等が記載されており、被上告人と面識のある者が読めば同定し得る可能性があった。被上告人は本件公表から約7年後にY1から本件書籍の交付を受けて論文の存在を知り、プライバシー侵害を理由にY1、月刊誌の出版社及び書籍の出版社に対し損害賠償を請求した。原審(控訴審)は請求を一部認容した。 【争点】 家庭裁判所調査官が少年保護事件の調査で得たプライバシー情報を学術論文に掲載して公表した行為が、プライバシー侵害として不法行為法上違法となるか。具体的には、少年保護事件の秘匿性の高い情報を公表されない法的利益と、精神医学の症例報告による公益目的での公表の理由とを比較衡量した結果、前者が後者に優越するか否かが争われた。 【判旨】 最高裁は原判決を破棄し、被上告人の控訴を棄却した(上告人ら勝訴)。プライバシー侵害の違法性判断について、公表されない法的利益と公表する理由に関する諸事情(情報の性質・内容、被上告人の年齢・社会的地位、公表の目的・意義、情報開示の必要性、情報伝達の範囲と具体的被害の程度、表現媒体の性質等)を比較衡量すべきとの判断枠組みを示した上で、本件では、少年保護事件の情報の秘匿性は極めて高いものの、公表目的がアスペルガー症候群の臨床知識の共有という重要な公益にあること、症例報告として家族歴・生育歴等の正確な記載が求められていたこと、対象少年を直接特定する記載がなく被上告人のプライバシーへの配慮がされていたこと、専門誌・専門書籍という限定された媒体での公表であり同定される可能性が相当低かったこと、実際に同定や悪影響が生じた事情がうかがわれないことを総合考慮し、公表されない法的利益が公表する理由に優越するとまではいい難いと判断した。 【補足意見】 草野耕一裁判官は、結論に賛成しつつも理由を異にする意見を述べた。Y1が本件プライバシー情報を知り得たのは少年法に基づく調査権限によるものであるから、少年の改善更生という少年法の趣旨に抵触する態様での利用は許されず、一般のプライバシー侵害の判断枠組みだけでは適切な評価を行い得ないと指摘した。その上で、本件公表は保護事件終了から僅か半年後であり少年法の趣旨に抵触する態様であったが、他者による同定の事実がなく、被上告人自身は約7年後にY1の自発的告知により知ったものであるから、プライバシー侵害の結果が現実化したとはいえず、不法行為には当たらないとした。