AI概要
【事案の概要】 本件は、原告(株式会社東京精密)が、被告(浜松ホトニクス株式会社)の保有する特許(特許第3408805号、発明の名称「加工対象物切断方法」)について特許無効審判を請求したところ、特許庁が請求不成立の審決をしたため、その取消しを求めた審決取消訴訟である。本件特許は、半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部にレーザ光の集光点を合わせて照射し、多光子吸収による改質領域を形成し、この改質領域を切断の起点として加工対象物の厚さ方向に割れを発生させるという切断方法に関するものである。半導体ウェハのダイシング(チップへの切り分け)技術として実務上重要な特許であり、原告は5つの無効理由(いずれも進歩性欠如)を主張して争った。 【争点】 主たる争点は、本件発明が先行技術文献(甲1〜甲7)に基づいて当業者が容易に発明できたか否か(進歩性の有無)である。原告は、甲1(透明材料の切断加工方法)、甲4(窒化物半導体素子の製造方法)、甲2(ガラス物体の破断方法)、甲5(被加工部材のマーキング方法)、甲7(材料の切断方法)をそれぞれ主引用例とする5つの無効理由を主張した。特に、甲1発明において微小なクラックを起点としてより大きなクラックが厚さ方向に進展するという構成が含まれるか、各先行技術に加工対象物の内部に「切断の起点」となる領域を形成して割れを発生させるという工程が開示されているかが中心的な争点となった。 【判旨】 知的財産高等裁判所は、原告の請求を棄却した。まず、「切断の起点」の意義について、本件発明の技術的意義に照らし、単に切断が始まる点ではなく「切断が開始する点」を意味すると解釈した。その上で、各取消事由について以下のとおり判断した。無効理由1(甲1主引用)については、甲1発明は厚板の透明材料の複雑形状切断を目的とするもので、薄いウェハ状の半導体材料に適用する動機付けがなく(相違点1)、また、甲1に微小クラックから厚さ方向により大きなクラックが進展することを窺わせる記載はないとして、原告主張の甲1発明の認定の誤りも認めなかった(相違点2)。無効理由2(甲4主引用)については、甲4発明はサファイア基板特有の課題解決を目的とし材料変更の動機がないこと、加工変質層が切断の起点となるとはいえないことから容易想到性を否定した。無効理由3(甲2主引用)については、破断開封アンプル特有の課題であり半導体ウェハへの適用の動機付けがないとした。無効理由4(甲5主引用)については、甲5発明はクラックが表面に到達しないようにするマーキング方法であり、切断とは逆方向の技術思想であるから阻害要因があるとした。無効理由5(甲7主引用)については、甲7発明は空隙を複数結びつかせて切断するもので、内部に切断の起点を形成する本件発明とは切断の機序が異なるとした。いずれの無効理由においても、副引用例を組み合わせても本件発明の「内部に切断の起点となる領域を形成し、そこを起点として厚さ方向に割れを発生させる」という工程は容易想到とはいえないと結論づけた。