AI概要
【事案の概要】 本件は,被告人が二つの罪で起訴された事案である。第一は,公安委員会の運転免許を受けないまま,平成28年5月27日午後6時22分頃,堺市内の道路において普通乗用自動車を運転したとする道路交通法違反(無免許運転)の事実である。第二は,平成27年3月14日午前10時44分頃から午前11時20分頃までの間,大阪市内の被告人方において,当時生後約3か月の実子A(平成26年12月15日生)の身体を揺さぶるなどの方法で頭部に衝撃を与える暴行を加え,回復見込みのない意識障害,四肢麻痺等の後遺症を伴う急性硬膜下血腫等の傷害を負わせたとする傷害罪の事実である。 事件当日,母親Bが午前10時44分頃に外出し,被告人はAと二人きりで自宅におり,Bに電話でAの異変を告げた後,午前11時25分頃119番通報をした。救急隊が午前11時32分頃に到着した際,Aは心肺停止状態であった。被告人は救急隊員に対し,Aが鼻水を出した後に息苦しそうにしていた旨説明しており,搬送先での心臓マッサージ等により心拍が再開した。検察官は,いわゆる揺さぶられっ子症候群(SBS)の類型として,頭部CT画像上の急性硬膜下血腫の分布・部位等から,被告人による揺さぶり行為等の暴行を推認できると主張した。 【争点】 傷害罪については,被告人が揺さぶり行為等の暴行によってAに急性硬膜下血腫及び脳実質損傷を生じさせ,後遺症を伴う傷害を負わせたと認められるか,すなわち検察官が主張する暴行の事実が推認されるかが争点となった。具体的には,CT画像上の複数部位の白色所見が外傷性の急性硬膜下血腫であるか,また,Aの心肺停止の原因が暴行に由来する硬膜下血腫及び脳実質損傷にあるといえるか,が医学的に争われた。 【判旨(量刑)】 裁判所は,無免許運転の事実を認め,被告人を罰金30万円に処し,未決勾留日数のうち1日を金1万円に換算して刑に算入した(求刑懲役5年)。 他方,傷害の事実については無罪を言い渡した。判決は,まず急性硬膜下血腫の評価について,治療を担当したC医師は頭部の離れた複数部位の急性硬膜下血腫や外表外傷の不存在から揺さぶり等の暴行を推認できると証言したが,小児脳神経外科を専門とするD医師は,右大脳半球間裂部の白色所見は静脈の血栓化・うっ滞や再灌流による滲み出しの可能性があり,左前頭部・左後頭部の所見は既存の慢性硬膜下血腫の自然経過として説明可能であり,左後頭蓋窩とされた部位は横静脈洞のうっ血であって血腫ではなく,右小脳テント上の血腫も再灌流によるものであり得るなどと指摘した。裁判所は,D医師の専門性と証言の合理性を認め,これを排斥する明確な根拠がない以上,本件CT所見は暴行を推認させるものではないと判断した。 次に心肺停止の原因についても,低酸素脳症がCT画像上鮮明化するまでの時間に関するD医師の見解を排斥できず,呼吸が5分以上停止していた可能性があることからすれば,CT画像上の皮髄境界不鮮明の所見は低酸素性脳症で説明可能であるとした。加えて,鼻水・誤嚥の所見や搬送先医長・C医師自身もミルク等の誤嚥による呼吸困難の可能性を否定していないこと,乳幼児に原因不明の呼吸停止があり得ることなどから,何らかの原因による呼吸停止に起因する低酸素脳症による意識障害の可能性が高いとするD医師の見解を排斥できないとした。さらに,本件の急性硬膜下血腫は小さなもので単独では心肺停止の原因となり難く,心肺停止に至らせるほどの脳実質損傷を的確に示す証拠もないと評価した。 以上より,検察官が主張する各点を総合しても暴行の存在を推認することはできず,犯罪の証明がないとして,刑事訴訟法336条により傷害罪について無罪を言い渡した。本判決は,SBS/AHT(乳幼児虐待頭部外傷)仮説に依拠した立証に対し,慢性硬膜下血腫の自然経過,再灌流障害,誤嚥等の別原因の可能性を丁寧に検討し,合理的疑いが残る場合には無罪を言い渡すという刑事裁判の原則を徹底した事例として,実務上参考となる。