AI概要
【事案の概要】 本件は、被控訴人(一審原告)が起こした交通事故をめぐり、運転免許取消処分の適法性が争われた行政訴訟の控訴審である。被控訴人は交差点で赤色信号を無視したまま進行し、交差道路を走行していたバイクと衝突して相手に傷害を負わせた。処分行政庁は、この行為が自動車運転死傷行為処罰法2条5号(赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為)に該当するとの評価を前提に、道路交通法施行令33条の2第2項1号の特定違反行為として累積点数を51点と算定し、被控訴人の運転免許を取り消すとともに、6年間の欠格期間を指定する処分を行った。 これに対し被控訴人は、自己の行為は過失運転致傷(同法5条)にとどまり、「赤色信号殊更無視」には当たらないと主張して、処分の取消しを求めた。原審の東京地方裁判所はこの請求を認容し、処分を取り消したため、処分行政庁側(控訴人)が控訴したのが本件である。運転免許の取消し・欠格期間の指定は、日常生活や職業に重大な影響を及ぼすため、前提となる違反行為の認定は慎重に行われる必要があり、本件は危険運転に該当するか否かの法的評価が直接処分の適否を左右する事案であった。 【争点】 自動車運転死傷行為処罰法2条5号にいう赤色信号を「殊更に無視し」た行為に被控訴人の運転行為が該当するかが中心的な争点である。具体的には、被控訴人が赤色灯火に気付いた地点(信号確認地点)で直ちに急制動の措置をとることなく交差点に進入した一連の運転行為が、「およそ赤色信号に従う意思のないもの」と評価できるかが問題となった。控訴人は、ブレーキ操作は反射的かつ無意識の基本動作であること、車線変更の必要から信号無視をあえて選択した動機が推認されることなどを主張した。 【判旨】 本判決は、被控訴人の請求を認容した原判決を維持し、控訴を棄却した。裁判所は、「殊更に無視し」とは「およそ赤色信号に従う意思のないもの」をいうとの最高裁決定(平成20年10月16日第一小法廷決定)の規範を前提としつつ、赤色信号を認識しながら、客観的に交差道路の車両通行を妨害しない安全な位置に停止することが十分可能であるのに、あえて進行した場合がこれに当たると解釈した。 そのうえで本件事実関係を検討し、被控訴人が信号確認地点で赤色灯火に気付いた瞬間、停止線までの距離が約13.7メートルに迫っていたことなどから驚いて気が動転し、一瞬ブレーキを踏み込めない状態に陥った可能性を否定できないと認定した。仮にその状態が1秒程度続いたとすると、その後急制動の措置をとっても、交差道路の通行を妨害しない安全な位置での停止は困難であったと評価できるため、被控訴人の運転行為全体をもって「およそ赤色信号に従う意思のないもの」と認めることはできないと判断した。 また控訴人が主張する、車線変更を急ぐあまりあえて信号無視をしたという動機についても、当時、交差点手前の車両通行帯に停車車両はなく、渋滞もなかったことなどから採用できないとした。結論として、被控訴人の行為は自動車運転死傷行為処罰法2条5号に該当せず、これを前提とした運転免許取消処分および6年間の欠格期間指定処分は違法であるとして、原判決を是認した。本判決は、赤色信号殊更無視の成否について、運転者の一瞬の心理状態と客観的な停止可能性を具体的に検討して判断枠組みを示した点に意義がある。