AI概要
【事案の概要】 本件は、被告人が、平成28年12月19日午後6時頃から午後10時頃までの間、自宅において、当時生後5か月の長女に対し、その両脇を両手で抱え上げて壁に頭部を複数回打ち付け、同様に抱えたまま身体を前後に激しく揺さぶるなどして頭部に強い外力を加える暴行を加え、よって傷害を負わせ、同月21日に死亡させたとして、傷害致死罪で起訴された事案である。 事件発生時、被告人方には被告人と長女のほか、被告人の妻であるAと当時1歳8か月の長男がいた。長女は救急搬送後に死亡し、直接証拠として被告人の捜査段階の自白(長女を壁にぶつけたなどの内容)及び被告人が長女を揺さぶっているのを目撃したとのAの供述が存在した。弁護人は、長女の致命傷は被告人の過失による布団への落下で生じた可能性があると主張し、第三者の犯行主張はしないと釈明していた。 原審(第一審)は、①長女の致命傷は本件当日の故意による強い外力で生じたと認定したものの、②被告人の自白は核心部分が大きく変遷しており、Aをかばうための虚偽自白という被告人の原審供述も排斥できないから信用性に欠け、Aの目撃供述も信用性が乏しく、検察官主張の四つの間接事実(口裏合わせ、長女への苛立ち・虐待歴、友人へのLINEメッセージ、Aの養育態度)も推認力が低いとして、被告人が公訴事実の暴行を加えた犯人と認めることはできないとし、無罪を言い渡した。検察官はこれを不服として控訴した。 【争点】 検察官の控訴趣意は、第一に、弁護人が犯人性を争点として明示していなかったのに、原審が犯人性に関する主張立証の機会を与えないまま犯人性を否定したのは訴訟手続の法令違反である点、第二に、被告人の自白及びAの目撃供述の信用性、並びに四つの間接事実の推認力を肯定すべきであり、犯人性を否定した原判決は事実誤認であるという点にある。 【判旨(量刑)】 大阪高裁は、いずれの主張にも理由がないとして控訴を棄却した。 訴訟手続の法令違反の主張について、裁判所は、長女の致命傷が故意の暴行で生じたと認められる場合、次にその暴行を加えた者が被告人かが問題となることは公判前整理手続段階から検察官にとって容易に想定できたとし、第3回公判期日の検察官釈明や論告の内容からも、検察官自身が犯人性について十分に主張立証する必要があることを認識していたと認定した。弁護人の釈明も、第三者犯行について積極的主張立証をしないというにとどまり、犯人性自体を争点から除外する趣旨ではなかったとし、原裁判所が検察官に更なる主張立証を促す義務はなく、訴訟手続に違法はないとした。 事実誤認の主張についても、被告人の自白は、①長女の負傷状況との整合性が壁への打ち付け行為に限らず他の方法でも説明可能であり、自白内容だけでは長女の全ての傷害を説明しきれないこと、②ヒト組織片の付着位置は偶然の接触でも生じ得るうえ自白の犯行態様と必ずしも整合せず、秘密の暴露には当たらないこと、③Aの供述との整合性も限定的であること、④自白の核心部分である犯行態様が合理的理由なく大きく変遷していること、⑤警察官からの示唆により自白した旨の被告人原審供述も排斥できないこと、⑥Aをかばうための虚偽自白の可能性を否定できないことから、信用性に欠けるとした原判決の判断は不合理でないとした。 検察官主張の四つの間接事実についても、口裏合わせはAが犯人でAをかばう動機からも説明可能であり、長女への苛立ちや過去の殴打歴も強度の暴行との結び付きは限られ、友人へのLINEメッセージも多義的解釈が可能、Aの養育態度も長女への愛情の薄さを示す事情が存在するとし、いずれも推認力が低く、総合しても被告人が犯人であることについて常識に照らして間違いないといえるほどの立証はないとした。Aの目撃供述も、揺さぶりの態様や注意回数等に変遷がみられ、信用性が十分でないとする原判決の判断も不合理でないと結論付け、原判決の無罪認定を維持した。 本判決は、直接証拠である自白と目撃供述双方の信用性が揺らぐ嬰児虐待死亡事案において、間接事実の推認力を厳格に評価し、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を徹底した事例として意義がある。