AI概要
【事案の概要】 本件は、食品容器等に用いられる「容器」を対象とする特許第5305693号(発明の名称「容器」)について、その特許無効審判請求を不成立とした特許庁審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。原告は容器製造業者であり、被告は当該特許の特許権者である。 問題となった本件発明は、熱可塑性樹脂発泡シートに熱可塑性樹脂フィルムを積層した発泡積層シートを用いて成形する食品容器に関するものである。この種の容器は、断熱性・軽量性に優れる反面、製造時にトリミング刃で打ち抜く際に生じる切断面で、硬い樹脂フィルムが柔らかい発泡シートより外側に突き出して鋭利な状態となり、利用者が指を裂傷するおそれがあった。従来技術では突出部の上下両面にジグザグ状の凹凸を設けることでこの課題に対処していたが、下面にも凹凸があると蓋体を嵌める際の係合が弱くなるという欠点があった。本件発明は、突出部端縁部の上面側にのみ凹凸形状(凸形状の高さ0.1〜1mm、間隔0.5〜5mm)を形成し、下面側は平坦とすることで、怪我防止と蓋体の強固な係合という二つの要請を同時に満たすことを目的とするものである。 原告は特許庁に対し本件特許の無効審判を請求したが、特許庁は「請求は成り立たない」との審決をしたため、原告が知的財産高等裁判所に審決取消しを求めて本件訴えを提起した。 【争点】 争点は、本件特許に特許法36条4項1号(実施可能要件)、同条6項1号(サポート要件)、同項2号(明確性要件)、同法17条の2第3項(新規事項追加禁止)の各規定に違反する無効理由があるか否かである。具体的には、(1)本件明細書において、発泡積層シート製容器で怪我が生じること及び凹凸形状による怪我防止効果が客観的・科学的に例証されているか、(2)発明特定事項である「凸形状の高さ」の意義が「凸形状の頂部から凸形状の底部までの距離」を指すのか「端縁部の下面から上面頂点までの長さ」を指すのか二重に解釈され得るか、(3)審判請求段階で被告が主張した「圧縮薄肉化による第一の強度向上と凹凸形状による第二の強度向上」という「特定作用効果」が包袋禁反言の法理により発明特定事項となるか、(4)発明特定事項C(端縁部の上面が下位となるように圧縮されて薄肉となっている旨の構成)が圧縮を原因として下位となる構成のみを意味するのか、が主な論点となった。 【判旨】 知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、原告の請求を棄却した。 まず実施可能要件については、発泡積層シート製容器の切断面で指を裂傷する可能性や、凹凸形状により接触面積が変化して怪我防止効果が生じることは、客観的・科学的な証明がなくとも当業者が容易に理解できるとして、特許法36条4項1号違反はないとした。 明確性要件については、特許請求の範囲の記載上、「凸形状の高さ」は「端縁部の上面側」に形成された凹凸形状の特徴を規定するものであるから、「凸形状の頂部から凸形状の底部までの距離」を意味すると解するのが自然であり、怪我防止・裂傷防止という技術的観点からも同様に解されると判示し、意義は一義的に明らかであって二重解釈の余地はないとした。 サポート要件については、本件明細書には課題・解決手段・効果が記載されており、当業者が課題を解決できると認識できる範囲にあるから要件を満たすとした。発明特定事項D・Eの数値範囲に実施例や比較例がない点についても、当該数値範囲の凹凸形状であれば怪我防止効果が生じることが容易に理解でき、臨界的意義を有する数値として規定されたものと解すべき根拠はないとして原告主張を退けた。 「特定作用効果」論については、被告が審判請求書で述べたのは本件発明と引用文献1記載の発明との構成上の違いの説明にすぎず、圧縮薄肉化や凹凸形状自体は作用効果そのものではないから、「特定作用効果」を奏することが発明特定事項となると解することはできず、禁反言にも反しないとした。 発明特定事項Cの解釈については、①端縁部上面が下位となる構成と②圧縮により薄肉化されている構成とを「ように」で結んでおり、日本語として圧縮を原因として下位となると解することも、薄肉化された状態の一態様として下位となっていると解することも可能であるが、本件発明の技術的意義に照らせば、下位となる構成が圧縮のみにより得られる場合に限定される必要はなく、後者の解釈をとるべきであるとして、明確性要件違反はないと判断した。 本判決は、発泡積層シート製食品容器という身近な工業製品分野における記載要件・補正要件の適否について、明細書記載事項の技術的意義に遡った合目的的解釈を示したものであり、食品包装容器業界における特許紛争の実務上参考となる事例である。