AI概要
【事案の概要】 本件は、特許第4140975号(名称「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」)についての無効審判に関する審決取消請求訴訟である。同特許は、被告(田岡化学工業株式会社)が平成20年2月に設定登録を受けたもので、樹脂原料として用いられる化合物BPEF(9,9-ビス(4-(2-ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン)の新たな結晶多形体(融解吸熱最大が160〜166℃の「多形体B」)および芳香族炭化水素溶媒を用いた再結晶化工程を含む製造方法を内容とする。 原告(大阪ガスケミカル株式会社)は、本件特許について無効審判を請求したが、第一次審決で請求不成立とされたため知財高裁に審決取消訴訟を提起し、知財高裁は平成28年1月に第一次審決を取り消す判決をした(その後上告受理申立不受理で確定)。これを受けて特許庁が再審理した結果、結晶多形体そのものを規定する請求項7については公然実施・公知を理由に無効とする一方、製造方法や粉末X線回折パターンによる特定を含む請求項1〜4、6、8、9については無効理由なしとする第二次審決を出した。 これに対し、原告は請求項1〜4、6、8、9部分の取消しを求めて甲事件を、被告は請求項7部分の取消しを求めて乙事件をそれぞれ提起したのが本件である。請求項に係る発明の進歩性(容易想到性)と、BPEFの過去の譲渡取引による公然実施・公知該当性の有無が争われた。 【争点】 主たる争点は、①製造方法等に係る請求項1〜4、6、8、9について、先行文献(甲6等)に記載された引用方法発明・引用結晶発明から当業者が容易に発明できたか(進歩性)、特に、BPEFの新規な結晶多形体を探索する動機付けが本件優先日(平成19年2月)当時に存在したか、芳香族炭化水素溶媒を用いて65℃以上で析出を開始させる再結晶化工程の選択が容易想到といえるかである。 ②請求項7に関しては、原告がα社〜ε社との間で行った13回のBPEF譲渡取引(本件各取引)により、多形体Bが本件優先日前に公然実施・公知となっていたか、特に、これら取引先が信義則上の秘密保持義務を負っていたといえるかが争われた。前訴判決の拘束力の及ぶ範囲も争点となった。 【判旨】 知財高裁第2部は、原告・被告双方の請求をいずれも棄却した。 進歩性について、裁判所は、BPEFが専ら合成樹脂の原料となる単量体(モノマー)であり、重合後は結晶形を留めないから、単体で使用され結晶形によって薬効等が変化する医薬品化合物とは異なり、本件優先日当時、新たな結晶多形体を探索する動機付けが直ちに認められるものではないとした。また、多形体Aについて純度その他の物性面で特段の課題が認識されておらず、高純度化の手法も他に複数存在していたことから、あえて時間と費用を要する新規結晶多形体の製造を試みる動機付けがあったと認めることはできないと判断した。さらに、甲6等には芳香族炭化水素以外にも多様な晶析溶媒が例示されており、特定の溶媒を選択する容易想到性もないとし、再結晶化の段階で析出開始温度を65℃以上とすることについても、当業者に動機付けは認められないとして、相違点1-2、1-3についての容易想到性を否定した。 公然実施・公知について、裁判所は、前訴判決が、本件各取引の対象となったBPEFがY社独自開発のトルエン加水分解法により製造されたものであって本件共同開発とは別系統であり、本件覚書に基づく秘密保持義務の対象とならないと認定した点に行政事件訴訟法33条1項の拘束力が及ぶと判示した。その上で、被告が信義則上の秘密保持義務は前訴判決の拘束力の範囲外だと主張した点については、取引量の少なさ、サンプル形態での提供、研究開発部門の関与等の事情からは共同開発や信義則上の秘密保持義務を推認できないと判断し、本件発明7が本件優先日前に公然実施・公知となっていたとする第二次審決の判断を是認した。 本判決は、モノマーとポリマー原料の区別を踏まえた結晶多形体探索の動機付け判断、および審決取消訴訟の拘束力が及ぶ範囲について実務上重要な判断を示したものである。