AI概要
【事案の概要】 原告は,障害福祉サービス事業(居宅介護・移動支援)および障害児通所支援事業(放課後等デイサービス等)を営む株式会社であり,堺市で「キャン・デイ」「キャン・ディア」「キャン・ドゥ」等の事業所を運営していた。被告P1は平成23年7月から原告の従業員として勤務し,キャン・デイの管理者を務めていた者であり,被告P2はキャン・ドゥの管理者を務めていた者である。両名はいずれも平成25年6月から7月にかけて原告を退職し,被告P1は同年7月に同種事業を目的とする被告会社(合同会社)を設立して近隣に「すまいるガーデン」を開設し,被告P2もそこに就職した。原告の元従業員の一部や元利用児童の相当数がすまいるガーデンに移ったことから,原告は,被告らが共謀して原告の従業員と顧客を引き抜き,信用毀損行為や業務妨害行為等を行って原告の事業継続を困難ならしめたと主張し,共同不法行為または不正競争防止法4条に基づき連帯して1億円の損害賠償等を求めた。加えて原告は,被告P2およびP3に対して支給した「身体介護時給」等について,居宅介護費・移動支援費の支給要件に該当しないサービスに係るものであるとして,不当利得返還請求権に基づき既払給与の返還も求めた。 【争点】 主たる争点は,(1)被告P1による近しい従業員(P14ら)の引き抜きや他の従業員への退職働きかけが違法な不法行為に該当するか,(2)被告P2がキャン・ドゥ利用者に送付した「全サービスを休止する」「経営の不手際があった」等と記載した本件書面が原告の信用を毀損するか,(3)被告P1による顧客情報の持出しや電話業務の妨害等が認められるか,(4)被告らによる顧客への利用勧誘行為が在職中の誠実義務違反または自由競争の範囲を逸脱した違法行為に該当するか,(5)居宅介護費等の支給要件を満たさないサービスに対して支払われた「身体介護時給」等につき,原告と被告P2らの間の合意内容および不当利得の成否である。 【判旨】 大阪地裁は,原告の請求をほぼ棄却し,被告P2に対して合計約16万2000円の支払のみを命じた。従業員には職業選択の自由があり,退職勧誘が直ちに不法行為となるのは社会的相当性を逸脱した背信的方法で行われた場合に限られるとして,P14ら被告P1と近しい関係にある者の退職勧誘は違法とはいえないと判断した。また被告P1の電話使用や什器備品の持出し,情報抹消等についても証拠不十分として不法行為の成立を否定し,顧客勧誘についても在職中の勧誘は抽象的なものにとどまり,退職後の勧誘も自由競争の範囲を逸脱したとはいえないとした。他方,被告P2がキャン・ドゥ利用者6~8名に対し「6月から全サービスを休止する」「経営の不手際があった」等と記載した本件書面を送付した行為については,原告の営業上の信用を毀損するものであるとして不法行為の成立を認め,無形損害10万円の賠償を命じた。ただし被告会社および被告P1は本件書面の作成・送付に関与したと認められず連帯責任を負わないとし,本件書面送付前の行為であるから不正競争防止法4条の適用もないとした。不当利得返還請求については,原告社内で居宅介護等として扱われる業務がされた場合に時給請求権が発生すると解釈したうえで,「身体介護時給」1500円のうち身体介護に値しない分500円,タイムカード記載のない日の給与,および実際のサービス提供時間を超える分について不当利得の成立を認め,被告P2に対し合計6万2000円の返還を命じた。被告P1に対する請求は,P3から給与を受領したと認めるに足りる証拠がないとして棄却した。本判決は,元従業員の独立・競業に伴う紛争について,従業員の職業選択の自由や自由競争原理を踏まえた違法性判断の枠組みを示すとともに,福祉サービス事業における給付費の支給要件と事業者内部の給与合意が必ずしも連動しないことを明らかにした事例として実務上意義を有する。