AI概要
【事案の概要】 被告は障害者総合支援法に基づく障害者支援施設aを運営する社会福祉法人である。原告の実弟bは、自閉症、精神遅滞、双極性気分障害、てんかんの既往症を有し、愛知県から最重度の知的障害者判定区分Aを受けていた重度知的障害者で、平成19年3月以降、aで生活していた。bには多動、自傷、対物加害の行動障害のほか、駆け込み食い、盗食、失禁等の傾向があり、施設では食事を小鉢に一口分ずつ取り分けるなどの配慮がなされていた。平成25年3月22日午前10時頃、bは施設1階で職員の対応下で運動中、職員dが靴下を取りに数分間離れた隙に、正面玄関に通じる通称「天使の扉」から無断で外出し、約1キロメートル離れたショッピングセンター内のドーナツ店で陳列されていたドーナツを店員に無断で食べて喉に詰まらせ、搬送先病院で窒息による低酸素脳症のため死亡した。bの相続人である原告(実姉)は、被告には施設サービス利用契約上の安全配慮義務違反および職員の注意義務違反があったとして、債務不履行または不法行為(使用者責任)に基づき、逸失利益約4163万円、本人慰謝料2500万円、原告固有の慰謝料300万円等合計約7253万円の損害賠償を請求した。 【争点】 争点は、(1)被告ないしその職員に、天使の扉を開放状態にせず、また扉が開いている状態の際にbの行動を観察する注意義務違反があったか、(2)仮に注意義務違反があるとして死亡との間に相当因果関係が認められるか、(3)逸失利益の算定基礎(賃金センサス平均賃金の適用可否)や慰謝料額をどう評価するかである。原告は、bの多動傾向、天使の扉への接近行動、過去の散歩中離脱・コンビニでの無断飲食の経緯、保護者からの無断外出防止要請等を挙げて予見可能性を主張したのに対し、被告は、天使の扉はオートロック式で内側からはマスターキーが必要であったこと、他の出入口はすべて施錠されていたこと、bが施設から無断外出したことは過去になかったこと、職員dが離れたのは合理的理由による数分間にすぎなかったことから、義務違反も予見可能性もないと反論した。 【判旨】 名古屋地裁は原告の請求を棄却した。判旨は、天使の扉は職員のほか建築業者等も出入りに使用し業者に鍵を交付することもあったため、事故当日に天使の扉が開いていた原因が施設職員にあるのか業者等にあるのか明らかでなく、職員が開けたと認めるに足りる客観的証拠はないとした。また、職員dがbから目を離したのは、bの失禁後の着替えに関連して靴下を取りに行くという合理的理由に基づくもので、時間も数分程度にとどまるから、d個人に安全配慮義務違反ないし注意義務違反は認められないとした。さらに、居住空間では天使の扉以外の出入口・窓はすべて施錠され、天使の扉も内側からマスターキーなしには開けられずオートロック式で普段は閉まっていたこと、従前bが施設から無断外出した事実はなく、約4年半で他利用者による無断外出も4件3名にとどまり事故は皆無であったこと、職員間で扉の閉め忘れがないよう注意し合い業者にも注意喚起していたことからすれば、d以外の職員が天使の扉の施錠状況を認識しうる状況にはなく、bの外出に気付かなかったとしても義務違反とはいえないと判断した。以上より、本件事故について被告ないし職員に安全配慮義務違反ないし注意義務違反はなく、その余の点を判断するまでもなく損害賠償請求は理由がないとして、原告の請求をいずれも棄却した。本判決は、重度知的障害者の入所施設における無断外出事故について、施錠・監視体制の合理性と職員離席の正当性を総合評価し、施設側の法的責任を否定した事例として実務的意義を有する。