AI概要
【事案の概要】 重度の知的障害(療育手帳A、障害支援区分6)を伴う広汎性発達障害(自閉症)と診断された原告が、地蔵尊内でマッチを用いてビニール袋を燃やした行為(軽犯罪法違反に該当し得る行為)につき、兵庫県西宮警察署の警察官らから職務質問を受け、その後パトロールカーで同署への同行を求められ、父親同席のうえ約3時間の取調べを受けた。さらに、同署において任意提出書に署名を求められ、口腔内細胞(DNA型鑑定資料)が採取された。 原告は、知的障害により任意捜査に同意する能力を欠いていたにもかかわらず警察官が合理的配慮をせず同行・取調べ・DNA採取を行ったのは違法であるとして、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料及び弁護士費用合計165万円の支払を求めた。 【争点】 (1) 本件同行及び本件取調べが国賠法1条1項の適用上違法か。 (2) 本件口腔内細胞採取が国賠法1条1項の適用上違法か。 (3) 損害の有無及び額。 【判旨】 一部認容(11万円認容、その余棄却)。 裁判所はまず、任意捜査について、被侵害利益を処分する能力(当該利益の存在及び内容を理解する能力)を欠いたまま形式的な同意がされても有効な同意とはいえず、強制処分の要件を満たさない限り違法となるとの判断枠組みを示した。 同行・取調べについては、原告が自宅とそれ以外の場所、警察官とそれ以外の者を区別でき、移動の自由の存在・内容を理解する能力を有していたと認め、自らパトロールカーに乗車し3時間以上にわたり退去・帰宅の意思を示さなかった事実から、有効な同意があったと認定した。取調べも、父の同席、平易な口調、休憩配慮等の措置があり、防犯カメラ映像・目撃者供述により犯人性を疑う相当の理由があったことから、社会通念上相当な方法・態様を逸脱したとはいえないとした。 他方、DNA型資料としての口腔内細胞採取については、身体への侵襲に加え、遺伝情報という個人の機微情報を明らかにする私的領域への侵入を伴う身体検査・鑑定処分類似の捜査であると位置付けた。身体侵襲への同意は自ら採取キットを口腔内に入れた点から有効と認めたが、プライバシーの観点からは、重度知的障害により文字・数も理解できず、遺伝情報という抽象概念の内容・価値を理解する能力を欠いていたことが明らかであり、任意提出の意味を理解する能力を有していなかったと判断した。父親は当時法定代理人ではなかったため、その同意も法的に有効な同意たり得ない。 そのうえで警察官には、原告が同意能力を欠くおそれを疑い、必要であれば令状請求し、そうでなければ採取を控えるべき職務上の注意義務があったのに、任意提出書の氏名欄と「イリマセン」欄を書き写させて外形を整え採取に及んだこと、その後余罪捜査の形跡がなく当時西宮署でほぼ全被疑者から口腔内細胞の任意提出を受けていたことなどから、注意義務違反と過失を認めた。慰謝料10万円及び弁護士費用1万円の計11万円を認容した。 本判決は、重度知的障害者に対するDNA型資料の任意採取につき、被侵害利益をプライバシー(遺伝情報)と捉え、その処分能力の有無を厳格に判断した事例として意義がある。障害者基本法の理念を踏まえ、同意能力を欠く被疑者に対する捜査手法の適正確保と令状主義の重要性を示した判断といえる。