AI概要
【事案の概要】 本件は、指定暴力団総長Eの主治医であった被告人(医師)が、F高等検察庁検察官からの裁判執行関係事項照会に対する回答書に、Eの病状につき「重症心室性不整脈で、心室性不整脈が1日概ね7,000回から1万回出現している」「かなり重篤な状況」「今後症状の重篤化が予測できる」等と記載して提出した行為が、虚偽診断書作成・同行使罪(刑法160条、161条)に当たるとして起訴された事案である。Eに対する実刑執行を行うべきかの判断資料として求められた照会であり、被告人の回答書が客観的真実に反する内容を認識・判断に反して記載したものであるか否かが問題となった。 【争点】 本件回答書の記載内容が「虚偽」といえるか、すなわち被告人が自己の認識・判断に反して客観的真実に反する診断内容を記載したか否かが争点である。前提として、回答書の記載が、Eを刑事施設に収容できないほど重篤であると確定的に診断したものなのか、収容すればストレスで悪化し得るという予測的判断にとどまるのか、虚偽性判断の対象設定も争われた。 【判旨(量刑)】 京都地裁は被告人に無罪を言い渡した。裁判所は、まず回答書の記載は曖昧な部分が多く、Eが不整脈専門医のいない施設に収容された場合を前提とする記載も混在しており、刑事施設収容が不可能なほど重篤であると確定的に示したものとはいえず、重症心室性不整脈があり収容・ストレスにより悪化し得るという予測的判断を示したにとどまると評価した。その上で、本件回答書作成時に心電図上は約3年間心室期外収縮が確認されておらず、重症心疾患や心機能低下も認められないものの、被告人は、末期腎不全に由来する心筋障害の基質の存在、左軸偏位の継続、クレアチニン値上昇による移植腎の不安定性、過去の心電図所見及びEの自覚症状(動悸・意識消失感等)を総合して重症心室性不整脈との判断を維持したと説明しており、専門医証人Gの見解と異なるとしても、被告人の専門的知見に基づく判断が医学的・客観的に真実に反するとまで断じるには合理的疑いが残るとした。さらに、検察官指摘の診療頻度の少なさ、検査の簡略化、抗不整脈薬投与の遅れ、カテーテルアブレーション未実施等の診療行動は、確定的重症診断を前提とすれば疑問を生じさせるが、予測的判断を前提とすれば不合理とまではいえず、腎移植前の検査結果を時期を明示せず記載した不適切さも虚偽性の立証としては不十分とした。被告人が金品を受け取りEに肩入れする動機があったとの主張についても、推認力は極めて弱いとし、捜査段階供述も確定的診断と予測的診断の峻別がなく虚偽自認とは評価できないとした。結論として、回答書の虚偽性につき合理的疑いを超える立証がないとして、刑訴法336条により無罪を言い渡した(求刑禁錮1年6月)。虚偽診断書作成罪における「虚偽」の認定には、診断記載の趣旨を確定した上で、医師の専門的判断の合理性を慎重に吟味する必要があることを示した事例である。