AI概要
【事案の概要】 本件は、抗てんかん薬として知られる「ゾニサミド」を有効成分とする神経変性疾患(パーキンソン病を含む)治療薬に関する特許(特許第3364481号。本件特許)の無効審判請求をめぐる審決取消訴訟である。原告(テバ・ホールディングス合同会社ほか)は、被告(大日本住友製薬株式会社)が保有する本件特許について、優先日(平成9年12月26日)当時、ゾニサミドの線条体ドパミン増加作用やモノアミン酸化酵素B(MAO-B)阻害作用を開示した引用例(Okada論文)等が存在し、当業者は引用発明に基づきパーキンソン病治療薬への転用を容易に想到できたとして、進歩性欠如を理由に特許無効審判を請求した。特許庁は請求不成立の審決をしたため、原告がその取消しを求めた事案である。 【争点】 本件の争点は、本件発明(ゾニサミドを有効成分とする神経変性疾患治療薬)について、抗てんかん薬としての引用発明と技術常識を前提に、当業者がパーキンソン病治療薬へと用途を転用することを容易に想到できたか、すなわち進歩性(特許法29条2項)の有無である。具体的には、ゾニサミドのドパミン増加作用やMAO-B阻害作用を開示する引用例から、パーキンソン病治療薬への適用を動機付けられるか、またパーキンソニズム発生の報告が阻害要因となるかが争われた。 【判旨】 知財高裁第1部(高部眞規子裁判長)は、原告の請求を棄却した。裁判所は、引用例及び甲3文献が示すのは、健常動物(ラット)におけるゾニサミドの線条体ドパミン量増加作用及びMAO-B阻害作用にとどまり、優先日当時の当業者は、健常動物で得られた結果がパーキンソン病疾患モデル動物における挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたと認定した。また、ゾニサミドのドパミン増加作用は既存治療薬レボドパと同程度とは認められず、MAO-B阻害作用もセレギリンに比して顕著に劣るものであったから、ゾニサミドがパーキンソン病に治療効果を奏する可能性は低いと当業者は認識していたと判断した。したがって、引用発明から本件発明の構成を採用する動機付けは存在せず、阻害要因の有無を検討するまでもなく、本件各発明は当業者が容易に発明できたものではないと結論付けた。本判決は、既存薬の新規用途(リポジショニング)発明における進歩性判断において、健常動物での薬理データと疾患モデル動物での治療効果との乖離を重視し、単なる作用メカニズムの開示のみでは動機付けを肯定できないとの判断枠組みを示した点で、医薬用途発明の進歩性審査における実務的意義が大きい事例である。