不当利得返還等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 原告は、農業を営んでいた父から農地を相続し、農業相続人として租税特別措置法70条の6第1項(改正前措置法)に基づき、相続税4778万円の納税猶予を受けていた。その後、原告は、①本件農地の一部(合計約7419㎡)について、長男T名義で牛舎・堆肥盤(本件施設)を建築する目的で農地法4条の転用許可を受け(本件転用)、②遺留分減殺請求訴訟の和解の一環として、相続人間で旧本件農地7のうち分筆後の本件農地9に係る自己の共有持分を他の共同相続人Qらに移転し、Qらが有していた本件農地1ないし8の共有持分を取得した(本件交換)。O税務署長は、本件転用および本件交換がいずれも猶予期限確定事由である「譲渡等」に該当し、譲渡対象面積が猶予対象面積の100分の20を超えるとして、全部の納税猶予期限が確定した旨通知し、原告は本税・利子税・延滞税合計7342万余を納付した。原告は、主位的に不当利得返還請求、予備的に国税通則法56条1項の還付金返還請求、選択的に国家賠償請求として、既納金の返還等を求めた。 【争点】 主たる争点は、①本件転用および本件交換が改正前措置法70条の6第1項1号の「譲渡等」に該当するか、②継続届出書の提出が債務の承認として徴収権の消滅時効を中断するか、③税務署長が中断の主張をすることが信義則に反するか、の3点である。原告は、本件施設は実質的に原告所有であり本件転用は「譲渡等」に当たらず、本件交換は共有物の現物分割で所得税法上の「資産の譲渡」と同様に捉えるべきで、仮に譲渡に当たるとしても買換え特例承認申請書の提出は不要ないし教示義務違反があると主張した。 【判旨】 裁判所は原告の請求をいずれも棄却した。①まず、本件施設は建築確認・固定資産税・減価償却計上いずれも長男T名義であり、原告はTから賃借して賃料を支払う一方、敷地の賃料は受領していないから、原告からTへの使用貸借権の設定が認められ、本件転用は「譲渡等」に該当する。融資・担保の便宜上T名義としたとの事情や農地法4条許可の事実は、この評価を覆さない。②本件交換については、租税法規の解釈は原則として文理解釈によるべきであり(最判平成22年3月2日参照)、「特例農地等」の所有権を第三者に移転する行為は、代替農地を取得した場合でも「特例農地等」を減少させるものとして「譲渡」に該当する。相続税の納税猶予制度は、農地の細分化阻止や農業振興自体を立法趣旨とするものではなく、所得税法33条1項の「資産の譲渡」の解釈と同一に解する必要はない。形式的に「譲渡」に該当する行為について実質的救済を図る仕組みとして買換え特例が用意されており、その承認申請書の提出は任意であって、税務署長に提出を教示すべき義務まで認めることはできない。本件申立書(乙3)には買換え特例承認申請書の法定記載事項が記載されておらず、原告が納税猶予継続の意思を有することを税務署長が認識し得たとしても、教示義務は発生しない。③継続届出書には引き続き納税の猶予を受けたい相続税額が記載されており、課税主体に対し当該租税債権の存在を表示したものといえるから、消滅時効の中断事由である債務の承認に該当する。譲渡等の該当性調査を怠ったとまではいえず、税務署長が中断を主張することが信義則に反するともいえない。以上から、徴収は適法であり、不当利得・誤納金は成立せず、O税務署長の故意・過失に基づく違法行為も認められないとして、全請求を棄却した。農業相続人の納税猶予制度の運用上、共有物分割や同族間の名義使用について形式的な法律関係を重視し、救済は買換え特例申請手続によるべきとする実務上の指針を示した裁判例である。