AI概要
【事案の概要】 本件は,「有機物質由来の揮発性有機化合物の吸着」との名称の特許出願(本願発明)について拒絶査定を受けた原告(英国法人)が,拒絶査定不服審判請求も棄却されたため,特許庁のした審決の取消しを求めた事件である。本願発明は,パラジウムドープされたZSM-5(シリカ・アルミナ比100:1以下のゼオライト)を用い,1vol%から4vol%の酸素を含む環境で,有機物質(バナナ,モモ,トマト等の果物・野菜)から発生するエチレン等の揮発性有機化合物(VOC)を吸着する用途発明であり,青果物の熟成防止・鮮度保持を目的とする。特許庁は,本願発明は引用文献1(同じくパラジウムドープZSM-5を気密容器中で用いる発明)と同一であって新規性を欠き(特許法29条1項3号),また引用文献2記載の周知技術(青果物ごとの至適酸素濃度)を組み合わせれば容易に想到できるから進歩性も欠く(同条2項)と判断した。原告は,引用文献1の気密容器中の酸素濃度は大気中と同様の約20%であって,本願発明の低酸素環境とは相違点があり,かつ低酸素障害の懸念から周知技術の適用には阻害要因があると主張した。 【争点】 争点は大きく二つであり,第一に,引用文献1における気密容器中の酸素濃度をどのように認定すべきか,相違点は実質的な相違点でないとした審決の新規性判断に誤りがないか(取消事由1),第二に,青果物のCA貯蔵における最適酸素濃度(通常2~5%)が周知技術であるとして,これを引用発明に適用する動機づけがあるか,低酸素障害による阻害要因はないか,本願発明に予想し難い顕著な効果が認められるか(取消事由2)であった。 【判旨】 知財高裁第4部は,取消事由1については審決の判断を誤りとしつつ,取消事由2は理由がないとして,結論において原告の請求を棄却した。まず新規性については,引用文献1には気密容器中の酸素濃度に関する記載がなく,図4のCO2濃度が大気中酸素濃度(約20.95%)を超えて増加している事実は,容器内の酸素が消費し尽くされた後に嫌気呼吸を開始したことを示すものと考えられるから,気密容器中の酸素濃度が一時的に至適範囲(2~5%)に達したとしても,これを維持していると認めることはできず,相違点に係る本願発明の構成(1~4vol%の酸素環境での使用)の開示があるとはいえないと判断した。他方,進歩性については,本願優先日当時,青果物を低酸素状態で保存するCA貯蔵・MA貯蔵により呼吸作用を抑制して鮮度を維持できること,最適貯蔵酸素濃度は通常2~5%であることが周知であったと認定した上で,引用文献1が有機物質由来のVOCをより効率的に吸着・除去することを目的とする以上,当業者は引用発明のパラジウムドープZSM-5を最適貯蔵酸素濃度の環境で使用する動機づけを有し,相違点に係る構成に容易に想到できたと判示した。原告主張の阻害要因については,甲17の記載からも酸素濃度1~5%で直ちに嫌気呼吸へ切り替わるとは理解できず,少なくとも3~4vol%の環境とすることに阻害要因はないとして退けた。顕著な効果の主張についても,本願明細書の表1では数値範囲内の4vol%でのエチレン吸着能力(3600μl/g)と範囲外の10vol%での吸着能力(3500μl/g)との差が100μl/gにとどまることから,予想し難い顕著な効果とまでは認められないと判断した。本判決は,用途発明の新規性・進歩性判断において,引用文献の記載事項と周知技術から当業者の認識・動機づけを丁寧に切り分けたものとして実務的意義を有する。