AI概要
【事案の概要】 本件は、海洋電子株式会社(原告)が、株式会社エス・イー・エイ(被告)の有する「水中音響測位システム」に関する特許第5769119号について無効審判(無効2017-800130号)を請求したところ、特許庁が請求不成立の審決をしたため、その取消しを求めた審決取消訴訟である。本件特許は、陸上のGPS観測データを基準としたGPSを備える船上局から海底に設置された複数の海底局に向けて音響信号を送受信し、海底局の位置データを高密度に収集する水中音響測位システムに関するもので、平成27年7月に特許設定登録された。問題となったのは、特許庁における審査過程で行われた平成27年4月6日付け手続補正により、構成Dに「一斉に」、構成Eに「受信次第直ちに」との文言が追加された点である。この技術は海底の地殻変動観測により地震予知のための基礎データを得ることを目的とするもので、海上保安庁が既設した海底局を活用できる点に実務的意義を有する。原告は、本件補正が新規事項の追加にあたり特許法17条の2第3項に違反するとともに、サポート要件に違反し、さらに甲2文献及び甲3文献記載の公知技術から容易に想到できたと主張して、審決の取消しを求めた。 【争点】 主要な争点は、(1)本件補正における「一斉に」及び「受信次第直ちに」の文言追加が新規事項の追加にあたるか(取消事由1)、(2)本件特許がサポート要件に適合するか(取消事由2)、(3)本件発明1が甲2発明及び甲3文献記載の構成から容易に想到できたか(取消事由3)の3点である。特に、本件当初明細書等に明記されていなかった「直ちに」との時間的限定が、当初明細書の開示範囲内にとどまるかが中心的争点となった。 【判旨】 知的財産高等裁判所第3部は、原告主張の取消事由1のうち、構成Eの「受信次第直ちに」に関する部分に理由があるとして審決を取り消した。まず「一斉に」については、本件当初明細書が先願システムにおいて「船上局と各海底局との位置関係次第では船上局での受信が同時にされる程度の時間差の範囲内で」との意味を開示しており、実施例においても複数海底局からの応答信号が重複しても相関処理によって識別できる態様が示されているから、「一斉に」の追加は新たな技術的事項を導入するものではないとした。他方、「受信次第直ちに」については、本件補正前の特許請求の範囲に当該文言はなく、本件当初明細書にも位置決め演算の時期を限定する記載は見当たらず、演算を船上で行うか地上で行うかは場所の問題であって時期とは直接関係がないから、当該文言の追加は本件当初明細書に記載された事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであり、この誤りは結論に影響を及ぼすと判断した。サポート要件適合性及び容易想到性の判断(取消事由2・3)については審決に誤りはないとしつつ、甲2発明と甲3発明は既設海底局の有効利用という課題解決の点で相違し、甲3発明を適用すると当該課題を解決できなくなるため、動機づけがなくむしろ阻害要因があるとして、相違点1に係る構成は容易想到ではないとした。もっとも、取消事由1の認容により審決は違法として取り消された。本判決は、補正による文言追加が新規事項にあたるか否かを判断する際、当初明細書の記載全体から読み取れる技術的事項と追加文言の意味内容を丁寧に対比する手法を示した事例として、特許実務上参考となる。