特許権侵害差止等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、発明の名称を「会計処理方法および会計処理プログラムを記録した記録媒体」とする特許第4831955号の特許権を有する個人である原告が、コンピュータ・ソフトウエアの開発等を業とする株式会社である被告の生産・使用する会計処理システム(被告製品)は、本件特許請求の範囲請求項1記載の発明(本件発明)の技術的範囲に属し、その生産・使用は本件特許権を侵害すると主張した事案である。原告は、特許法100条1項に基づく被告製品の生産・使用の差止め、同条2項に基づく被告製品の廃棄、さらに不法行為に基づく損害賠償として2800万円及び遅延損害金の支払を求めた。本件発明は、国家や地方公共団体の公会計を対象とするもので、従来の現金主義に基づく公会計では政策レベルの意思決定に資する情報が得られないという課題認識のもと、「処分・蓄積勘定(損益外純資産変動計算書勘定)」を新たに設定し、資金収支計算書勘定・閉鎖残高勘定(貸借対照表勘定)・損益勘定(行政コスト計算書勘定)の各勘定と勘定連絡させることで、純資産変動額や将来世代への負担先送り額を可視化しシミュレーションを可能にするコンピュータシステムを特徴とする。被告製品は、総務省「統一的な基準による地方公会計マニュアル」に沿って地方公共団体向けに提供されているものである。 【争点】 主たる争点は、(1)被告製品が文言上本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件B1〜B3、E〜Iの各充足性)、(2)均等論による技術的範囲への帰属の有無、(3)本件特許が無効理由を有するか(進歩性欠如、サポート要件違反、明確性要件違反)、(4)権利濫用の成否、(5)損害の発生と額であった。とりわけ争点1−3(構成要件B3)では、処分・蓄積勘定が資金収支計算書勘定及び閉鎖残高勘定「から」作成・記録されるとの文言の意義、争点1−7(構成要件H)では、「純経常費用(C1)と並んで財源措置(C2)という項目もあるが、これは具体的に言えば社会保障給付や…を指しており」における「これ」の指示対象と、社会保障給付が財源措置(C2)に含まれるのかが中心的な解釈問題となった。 【判旨】 東京地方裁判所民事第29部は、原告の請求をいずれも棄却した。裁判所はまず構成要件B3について、処分・蓄積勘定が資金収支計算書勘定「及び」閉鎖残高勘定及び損益勘定作成・記録手段「から」作成・記録されると規定されている以上、三者からの勘定連絡を通じて純資産変動計算書勘定が作成されることを要すると解した上で、被告製品では純資産変動計算書が行政コスト計算書からの振替は受けているものの、資金収支計算書及び貸借対照表からの振替を受けていないから構成要件B3を充足しないと判断した。続いて構成要件Hについては、「これ」が文理上単数の指示語であり直前の「財源措置(C2)」を指すと解するのが相当であり、本件明細書の図2や段落【0038】〜【0041】においても社会保障給付は「財源の使途(損益外財源の減少)」に非交換性支出として計上される旨が明示されているとして、社会保障給付は財源措置(C2)に該当すると結論付けた。しかるに被告製品では社会保障給付が行政コスト計算書に計上され、純資産変動計算書には個別の勘定科目として現れないため、同構成要件を充足しないと認定した。均等論についても、処分・蓄積勘定に純資産減少(C1、C2)の内訳を表示させる構成は、国家の政策レベルの意思決定を支援するという本件発明固有の課題解決手段を具体化する特徴的部分であり、従来技術(乙12文献)に照らせば純資産変動計算書勘定の新設のみでは特有の技術的思想とはいえないとして、構成要件Hは本件発明の本質的部分に当たり、第1要件を満たさないと判断した。以上より、その余の争点について判断するまでもなく、原告の差止・廃棄請求及び損害賠償請求はいずれも理由がないとして棄却された。公会計のIT化が進む地方公共団体向け財務書類作成システムに関する特許侵害事件として、特許請求の範囲の文言解釈における指示語の同定や勘定連絡の構造理解が判決の帰趨を決した事例であり、実務的にも注目される。