損害賠償等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、鉄鋼メーカーである原告(日本製鉄株式会社。旧商号・新日鐵住金株式会社)が、元従業員である被告に対し、被告が平成17年8月頃から平成19年5月頃までの間に、原告の独自技術である電磁鋼板に関する営業秘密(本件技術情報1ないし27)を不正に取得し、韓国最大の鉄鋼メーカーであるPOSCO(株式會社ポスコ)に対して開示したことが不正競争防止法2条1項4号又は7号の不正競争に当たると主張して、同法3条1項に基づく本件技術情報の使用・開示の差止め、同条2項に基づく本件技術情報を記録した電子ファイル等の廃棄、及び同法4条(予備的に民法709条)に基づく損害賠償金10億2300万円(同法5条3項3号により算定されたライセンス料相当額9億3000万円及び弁護士費用相当額9300万円の合計額)並びに平成24年4月30日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。被告は、昭和35年に原告に入社して約35年間にわたり研究職として電磁鋼板の技術開発に従事し、平成6年に子会社の日鐵プラント設計に転籍した後も同社で電磁鋼板の技術開発を継続し、平成18年に退職した者である。原告はPOSCOに対しても別途損害賠償訴訟(前件訴訟)を提起し、平成27年に和解金300億円の支払を受ける旨の和解が成立している。 【争点】 争点は、(1)本件技術情報が不競法2条6項の「営業秘密」に該当するか(有用性・秘密管理性・非公知性)、(2)被告による不正競争の成否、(3)損害の発生の有無及びその額、(4)POSCOから原告への和解金300億円の支払による弁済の抗弁の成否、(5)消滅時効の抗弁の成否、の5点である。被告は、原告の電磁鋼板工場における情報管理は形式的なものにすぎず、公知文献に記載された情報も含まれているから営業秘密性を欠き、またPOSCOに対して開示したのは一般的な表面処理技術のアドバイスにすぎないなどと主張して争った。 【判旨】 東京地裁は、原告の請求をいずれも認容した。まず営業秘密性について、本件技術情報はいずれも電磁鋼板の製造技術・ノウハウに関する原告の技術情報で事業活動に有用であり、原告が機密保持規程に基づき電磁鋼板工場の全設備を機密性の高い施設として管理し、被告からも秘密保持の書面を取得するなど秘密管理の努力をしてきたこと、本件技術情報は原告の管理下以外では一般的に入手できない状態にあり公然と知られていないことから、不競法2条6項の「営業秘密」に該当すると認定した。次に不正競争該当性について、被告は原告及び日鐵プラント設計において長年電磁鋼板の技術開発に従事し、退職時に秘密保持契約を締結していたにもかかわらず、コンサルタント契約等を通じて約3000万円の対価を受領しつつ、競合関係にあるPOSCOに対して本件技術情報を開示したものであり、不正の利益を得る目的で示された営業秘密を開示する行為(同法2条1項7号)に該当すると判断した。損害額については、同法5条3項3号に基づきライセンス料相当額を算定し、POSCOによるハイグレード方向性電磁鋼板(HGO)の販売数量の増加等を踏まえれば、平成19年から平成28年までの10年間で少なくとも41億円を下回らないと認めつつ、原告の請求額である9億3000万円及び弁護士費用相当額9300万円の合計10億2300万円の限度で認容した。POSCOからの和解金300億円による弁済の抗弁については、当該和解金が本件損害賠償債務の履行であると認めるに足りる証拠がないとして排斥し、消滅時効の抗弁についても、原告が平成24年4月19日までに「損害」及び「加害者」を知ったとは認められないとしてこれを排斥した。本判決は、競合他社への技術流出事案について、元従業員個人に対する多額の損害賠償責任を肯定した先例として、企業における営業秘密管理実務上重要な意義を有する。