年金額減額処分取消請求事件
判決データ
- 事件番号
- 平成27行ウ15
- 事件名
- 年金額減額処分取消請求事件
- 裁判所
- 札幌地方裁判所
- 裁判年月日
- 2019年4月26日
- 裁判官
- 萩原孝、牧野一、萩原孝
AI概要
【事案の概要】 本件は、老齢基礎年金、老齢厚生年金又は遺族厚生年金の受給者である原告らが、平成24年改正法及び平成25年政令に基づいて厚生労働大臣が平成25年12月4日付けで行った年金額減額の改定処分について、その取消しを求めた事案である。 公的年金制度においては、昭和48年の国年法等改正により、全国消費者物価指数の変動を基準に年金額を改定する物価スライド制が導入されていた。しかし、平成12年から14年にかけて制定された物価スライド特例法により、景気悪化を防ぐ政策判断として本来行うべき減額改定が見送られた結果、国年法等が予定する「本来水準」より1.7%高い「特例水準」で年金が支給される状態が生じた。平成16年改正法は、最終的な保険料水準を法定化するとともに、被保険者総数変動率と平均余命の伸び率を勘案して年金額を自動調整する「マクロ経済スライド」を導入し、物価上昇時に特例水準を解消することを予定した。しかし、その後も物価・賃金の上昇は想定どおりに進まず、本来水準と特例水準の差は平成23年度に最大2.5%まで拡大した。 こうした状況を踏まえ、平成24年2月の社会保障・税一体改革大綱を経て制定された平成24年改正法は、特例水準を平成25年度に1.0%、平成26年度に1.0%、平成27年度に0.5%と3か年で段階的に解消することとし、本件各処分はその最初の1.0%減額を個々の受給権者に適用したものである。 【争点】 本件の争点は、(1)本件各処分が憲法25条及び社会権規約9条に反するか、(2)財産権を保障する憲法29条1項に反するか、(3)幸福追求権等を保障する憲法13条に反するか、(4)平成25年政令が平成24年改正法の委任の範囲を逸脱して違法・無効か、の4点である。 【判旨】 札幌地方裁判所は、原告らの請求をいずれも棄却した。 憲法25条について、裁判所は朝日訴訟及び学生無年金障害者訴訟の最高裁判例を引用し、「健康で文化的な最低限度の生活」の具体化は立法府の広い裁量に委ねられており、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と認められる場合でなければ違憲とはいえないとの審査基準を示した。その上で、特例水準は景気対策という年金給付水準とは異なる政策目的で創設された時限的措置であり、当初から将来における解消が予定されていたこと、少子高齢化の進行と年金財政の悪化という客観的情勢を踏まえた社会保障審議会の検討を経て立法されたことを理由に、国会の裁量権の逸脱・濫用はないと判断した。社会権規約9条についても、締約国の政治的責任を宣明したにとどまり個人に具体的権利を付与するものではないとして、違反を否定した。 憲法29条1項については、年金受給権は財産権に含まれるとしつつ、その規制の合憲性は目的、必要性、内容等を比較考量して判断すべきとし、特例水準の解消目的は正当性を有し、3か年で段階的に解消する手段にも必要性・合理性が認められるとして、公共の福祉に適合するものと結論付けた。 憲法13条違反の主張についても、年金以外の収入源が法律上禁じられていないから本件処分が直ちに生活保護の申請を強いるものではなく、また特例水準の継続に対する期待は創設時から解消が予定されていた以上法的保護に値しないとして退けた。さらに平成25年政令についても、平成16年改正法施行後の物価・賃金動向の乖離拡大と少子高齢化の進行という状況変化を踏まえたものであり、平成24年改正法の委任の範囲内であって違法・無効とはいえないとした。 本判決は、景気対策として導入された年金の特例水準を段階的に解消する立法措置の合憲性について、立法裁量を広く認める従来の最高裁判例の枠組みを踏襲し、社会保障制度の後退的変更に対する司法審査の範囲を確認した事例として実務上の意義を有する。