AI概要
【事案の概要】 原告は平成18年に医師免許を取得し、平成24年6月に精神保健指定医の指定を受けた精神科医である。精神保健指定医とは、措置入院や医療保護入院の要否判断、身体拘束・隔離の要否判定など、患者の基本的人権に大きな影響を及ぼす判断を行う権限を持つ特別な資格であり、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「法」という。)18条1項に基づき厚生労働大臣が指定する。その指定申請にあたっては、自ら担当として診断又は治療に十分な関わりを持った症例についてケースレポートの提出が求められる。 原告はA病院勤務時代の平成23年、アルコール離脱せん妄で医療保護入院となった患者についてのケースレポート(本件ケースレポート)を含めて申請し指定を受けたが、その後、厚生労働大臣は、本件ケースレポートは原告が自ら担当として診断又は治療に十分関わった症例とは認められず、不正なケースレポートの作成に当たり、法19条の2第2項の「指定医として著しく不適当と認められるとき」に該当するとして、平成28年10月、原告を含む89名の医師に対し一律に指定取消処分を行った。原告はその取消しを求めて本件訴訟を提起した。 【争点】 (1) 原告が本件症例について「自ら担当として診断又は治療に十分な関わりを持った」といえるか(処分要件該当性)、(2) 指定取消しという処分選択の適否、(3) 聴聞手続等の手続的違法の有無。被告は、医師の診療関与は原則として診療録の記載内容から判断すべきところ、本件診療録には原告の氏名がほとんど登場しないと主張し、原告は、病院ではチーム診療体制が採られ、研修目的で最も経験の浅い「受持医」が診療録記載を担当していたと反論した。 【判旨】 東京地裁は請求を認容し処分を取り消した。 まず、法19条の2第2項の処分要件該当性判断は厚生労働大臣の合理的裁量に委ねられているが、その判断が重要な事実の基礎を欠くか社会通念上著しく妥当性を欠く場合には違法となるとの判断枠組みを示した。 そのうえで、診療録が最良の証拠であるとしても、氏名記載がない医師は関与していないと直ちには認められず、申請当時そのようなルールも存在しなかったから、基礎資料を診療録に限定すべきではないとし、口頭弁論終結時までの一切の資料で事実認定ができるとした。 本件病院の精神科病棟では、主治医・指導医・受持医から成るチーム診療体制が採られ、経験の浅い受持医が診療録を記載することが方針とされていた事実を認定したうえで、原告が、入院時にアルコール離脱せん妄との確定診断を行うための神経診察を自ら実施したこと、入院初期のCPK値上昇への対応や内服薬調整等の身体管理を主導したこと、自らの提案で動機付け面接を導入し自ら手本を示して実施したことを具体的に認定した。他医師の供述、原告所持の専門書、原告作成のメモ等の裏付けもあることから原告供述は信用できるとした。 これらは本件患者の診療の各段階で重要な役割を果たすものであり、自ら担当として診断又は治療に十分な関わりを持ったとの評価を可能とするから、これを看過して不正行為と断じた厚生労働大臣の判断は重要な事実の基礎を欠き、裁量権の範囲を逸脱濫用したものとして違法であるとした。 本判決は、ケースレポート不正を理由とする一律大量処分のうち、診療録中心主義的な事実認定手法を否定し、チーム診療の実態を踏まえた総合判断を求めたものとして、行政処分の事実審査のあり方に重要な示唆を与える裁判例である。