殺人,殺人未遂
判決データ
- 事件番号
- 平成29う1482
- 事件名
- 殺人,殺人未遂
- 裁判所
- 東京高等裁判所
- 裁判年月日
- 2019年5月20日
- 裁判種別・結果
- 破棄自判
- 裁判官
- 朝山芳史、阿部浩巳、矢数昌雄
- 原審裁判所
- 静岡地方裁判所_浜松支部
AI概要
【事案の概要】 被告人は、勤務先の同僚との仕事上のトラブルを契機に精神状態を急激に悪化させ、平成28年4月13日頃には会社内でいじめに遭っているという被害妄想を抱くようになった。被告人は退職を希望したものの、上司から休職を指示されて異動もすぐにはできないと告げられ、逃げ道がないと感じて自殺を考えるに至った。自分一人で死ねば会社内でのいじめを家族に知られて恥ずかしいことや、死後に会社から家族に損害賠償が請求されるなどの迷惑が掛かるのではないかと考え、家族を殺害することを決意した。 被告人は、同月22日未明、自宅において、刃体の長さ約23cmのサバイバルナイフを用い、就寝中の祖母(当時83歳)の左胸部等を突き刺して失血死させ、続いて姉(当時32歳)の右側胸部等を突き刺して失血死させた。その後、父親に電話をかけて両親の帰宅時刻を確認した上、帰宅した母親(当時62歳)の前胸部を突き刺して心臓刺切により失血死させ、さらに父親(当時60歳)の右腰部を突き刺したが、抵抗されたため全治約1か月の傷害を負わせるにとどまり、殺害の目的を遂げなかった。 第一審は被告人に完全責任能力を認めて実刑判決を言い渡したが、弁護人が心神耗弱を主張して控訴した。 【争点】 本件の主たる争点は、被告人の本件各犯行当時の責任能力の程度、すなわち妄想性障害が犯行に与えた影響の程度である。 原審が依拠したE医師の鑑定は、被害妄想の対象は会社の人間に限られ、家族に対する妄想はなく、犯行動機は被告人の元来の人格(自尊心の強さ、極端な行動に走りやすい性格)に基づくものとした。これに対し、控訴審で新たに実施されたF医師の鑑定は、被害妄想の内容がより広範であり、会社内のいじめが家族にも伝えられ、被害が家族にも及んでいるという妄想にまで及んでいたと判断し、この妄想が犯行動機に直接影響したと結論付けた。両鑑定の信用性評価が争点となった。 【判旨(量刑)】 東京高裁は、F鑑定について、被告人が逮捕直後から一貫して会社内のいじめが家族に伝えられていたと供述している点、犯行前日に上司らの電話での様子や父親の反応から妄想を強めた経緯などにより十分な裏付けがあると評価した。他方、E鑑定は、被告人の被害妄想の内容について見落としや誤解があり、犯行直前の重要な出来事を考慮していない上、被告人の性格傾向の認定にも根拠が乏しく、信用できないとした。 その上で、被告人は本件各犯行当時、妄想性障害による被害妄想の影響により事理弁識能力及び行動制御能力が著しく減退した心神耗弱の状態にあったと認定した。完全責任能力を認めた原判決には事実誤認があるとして原判決を破棄し、破棄自判した。 量刑については、3名の命を奪い父親にも傷害を負わせた結果の重大さ、強固な殺意に基づく危険な犯行態様、革手袋を着用し帰宅時刻を確認するなど一定の計画性・用意周到さを指摘し、本件は親族間の無理心中事案の中でも特に重い部類に属するとした。他方、心神耗弱による責任非難の軽減、父親が厳罰を望まず社会復帰後は一緒に暮らしたいと述べていること、被告人が反省の態度を示していること、前科前歴がないことなどの酌むべき事情を考慮し、心神耗弱による減軽をした上で、被告人を懲役25年に処し、サバイバルナイフを没収した。