危険運転致傷(予備的訴因|過失運転致傷)
判決データ
AI概要
【事案の概要】 被告人は約40年前から1型糖尿病(インスリン分泌が枯渇し、血糖値変動が激しい不安定型)に罹患し、インスリン注射により治療を続けていた。平成26年6月30日午前6時15分頃に血糖値83mg/dLを測定してインスリンを注射し、朝食後出勤。午後1時39分頃に血糖値を測定すると224mg/dLであった。その後、昼食を取らないまま、どら焼きとジュースを飲食し、午後2時36分頃に大阪市内のコインパーキングから普通乗用自動車を発進させた。走行中に低血糖症による著しい意識低下状態に陥り、午後3時59分頃、交差点付近で時速約14kmで右折中に信号待ちの車両に衝突、さらに時速約48kmで暴走して横断歩道上の自転車を押した歩行者に衝突、次いで駐車中の貨物自動車に衝突して同車前に立っていた被害者にも衝突させ、3名に全治10日から3か月の傷害を負わせた。搬送先病院での血糖値は32mg/dLであった。 被告人は当初、危険運転致傷罪(主位的訴因)で起訴されたが、過失運転致傷の予備的訴因が追加された。差戻前第1審は主位的訴因を故意なしとして否定し、予備的訴因を認めて有罪とした。これに対し弁護側のみが控訴し、控訴審は事実誤認を理由に差戻前第1審判決を破棄・差戻した。差戻後、検察官は前提事実の主張を根本的に変更し、被告人が本件発進前の約1時間の間に追加インスリンを注射したこと、および体温上昇という低血糖症の前駆症状を自覚していたことを主張し、訴因も変更した。 【争点】 本件発進時点において、被告人に、簡易血糖測定器で血糖値を測定し、低血糖状態にないことを確認しない限り運転を差し控えるべき注意義務が認められるか。前提として、①被告人が午後1時39分から本件発進までの間に追加インスリンを注射したか、②本件発進時点で低血糖症の前駆症状(熱感)を自覚していたか、が実質的な争点となった。弁護側は、血糖値低下は不安定型糖尿病の医学的未解明な部分によるものであり、インスリン注射も前駆症状の自覚もなかったと主張した。 【判旨(量刑)】 裁判所は、糖尿病専門医2名の証言を比較検討し、E医師の見解、すなわち、224mg/dLという高い血糖値を知った被告人が通常の糖尿病患者の行動として追加インスリンを注射したと考えるのが合理的であり、どら焼きとジュースという血糖値を急上昇させる食品の併用摂取は、低血糖症状を強く自覚して危機感を覚えていたからこそ行われたと推認されるとする説明を採用した。主治医D医師の血糖値低下原因不明論は、抽象的一般的可能性の指摘にとどまり、具体的事情を合理的に説明できていないと退けた。また被告人は普段から高血糖を気にし血糖値を下げたい傾向が普通の患者より強かったことも認定した。その上で、追加インスリンを注射して血糖値が急降下し前駆症状を感じるに至ったことを被告人が認識していた以上、どら焼きとジュース摂取だけでは血糖値を回復できない可能性を予見でき、簡易血糖測定器での測定により低血糖状態にないことを確認するまで運転を差し控える注意義務があったと認定。この義務は糖尿病患者に非現実的対処を強いるものではないとして、過失運転致傷罪の成立を認めた。 量刑面では、過失の程度は軽くなく、被害者1名が全治約3か月の重傷を負い暴走車に轢かれた恐怖も大きく結果は重大であり、被告人は不合理な弁解をして本件に真摯に向き合っているとはいい難いとする一方、被害者全員との示談成立、前科がないこと、弁護側のみが控訴した事案であることを踏まえ、禁錮1年6月、執行猶予3年を言い渡した。